遭・遇その名はグリッドマン!
202X年代の中頃──長きに渡るワルダー星人の侵略攻撃が途絶え、地球・マクロゾーン連邦委員会は第一次・対ワルダー防衛戦の暫定終結を宣言、地球には平和が訪れていた。
そしてここ、月面・セレンゾーンのダイアクロン科学研究基地では──システム開発用ダイアテクターに身を包んだ女性隊員が、他には誰もいない深夜の研究室で一人、黙々と研究を続けていた。
彼女の名はヒカリ・カイザキ。
弱冠18歳にして研究主任の座を掴み取った才媛である。
ヒカリはかつて、第一次ワルダー防衛戦の渦中において、幼い弟を亡くし、悲しみの底に落とされた。
たとえ今は平和でも、いつまたワルダーのような侵略者が現れないとも限らない。
ならば、自分も地球防衛の一端を担おう──自分のような悲しい思いを、もう誰にも味わわせないために。
そう心に誓ったヒカリは、血の滲むような努力と猛勉強の末に、ダイアクロン隊への入隊を果たしたのであった。
ダイアクロンメカの次世代型操縦システムの要となる戦闘用対話型人工知能プログラム、通称『BIG‐AI』──その基礎開発にヒカリたちは取り組んでいた。
BIG‐AIによって、パイロットの意識とダイアクロンメカの制御プログラムをシンクロさせ、より効率的な機体運用を図るためである。
だが、最適なシンクロ状態を構築するには、いかなる方法を選択するのがベストなのか?
その最重要課題に関して、ヒカリたちは未だ模索中であった。
そんなヒカリの精神は今、実験用ダイアテクターに装備されたリンクシステムが生み出した、黄金の光に包まれたサイバー空間にダイブしていた。
開発の第一段階として、BIG‐AIに人間の思考パターンを学ばせているのだ。
だが、突然、システムのセキュリティが起動し、ヒカリの精神はサイバー空間から強制的にログアウトされ、現実世界へと引き戻された。
「なんだ? 何が起こった?」
戸惑うヒカリをよそに、基地の全域には緊急アラートが鳴り響いていた。
さらに、モニターの一つには外部監視カメラが捉えた基地上空の光景が映し出されており、それを見るなりヒカリは愕然とした。
「!」
なんと、基地の上空には、かつてワルダー軍団が奇襲攻撃に用いたタイム・ホールの如き次元の亀裂が生じていたのだ。
しかも、次の瞬間、亀裂の向こう側から、まるで弾き出されたかのように『巨大な何か』が飛び出してきたではないか!
「あれは……巨人!?」
そう、驚くヒカリの目に飛び込んできたのは──赤を基調とした体躯に、西洋の甲冑を思わせるような鎧を身に纏い、全身を眩い光に包まれた、全長70mはあろうかという、超巨大なヒューマノイドの姿であった。
「! まさか……ワルダー!?」
けれど、その真偽を確かめる時間はなかった。
勢いよく落下してきた巨大ヒューマノイドがグングン頭上に迫り──ズガーン! 背中から科学研究基地に倒れ込んだ衝撃で、建物が崩壊し始めたのだ。
「危ないッ!」
降り注ぐ瓦礫からBIG‐AIの筐体を守るべく、ヒカリはダイアテクターのパワーアシスト機能を全開にして、咄嗟に瓦礫を振り払った。
だが、その直後、ひときわ大きな瓦礫が不意にのしかかり、ヒカリは押し潰されてしまった。
「ううっ……」
意識が遠のいていく中、ヒカリは一瞬、倒れている巨大ヒューマノイドと視線が合ったが、光を放つその双眸からは、不思議と敵意を感じ取れなかった。
そしてヒカリは、そのまま意識を失っていった──。
「ダイアクロン月面防衛隊、スクランブル! 隊員は戦闘態勢に入れ!」
月面・セレンゾーンの司令官は、出現した際の状況と、科学研究基地の破壊という事象から、巨大ヒューマノイドをワルダーの再襲来と判断し、ただちに精鋭部隊を出動させた。
「こちらダイアファイター01! ワルダーを捕捉!」
ヨロヨロと立ち上がった巨大ヒューマノイドのもとへ、いち早く三機の戦闘機編隊が飛来し、サーチを開始した。
「高エネルギー反応を検知! 質量は……計測できず! ある種のエネルギー生命体だと思われます!」
「すると、生きたビームが科学研究基地を直撃したって寸法か!」
「全機、攻撃開始!」
三機のダイアファイター編隊はフォーメーションを組んで、巨大ヒューマノイドに対し、フリーゾンミサイルを発射!
さらに、月面主力防衛チーム・バッファロー戦隊の編隊と攻撃型コズモローラーも続けて現場に到着し、攻撃に加わった。
だが、なぜか巨大ヒューマノイドは防戦一方で、反撃する素振りすら見せず、一歩、また一歩と後退するばかりだった。
しかも、その額のエネルギーランプとでも形容すべき器官は、エネルギーの消耗を警告するかのように点滅し始めていた。
それでもなお、基地の防衛を最優先とするダイアクロン隊は攻撃の手を緩めなかった。
バッファロー戦隊は合体して六機のバトルバッファローMk.Ⅱとなり──
コズモローラーからもパワードスーツ部隊が出撃!
各機はそれぞれ戦闘フォーメーションを組み、巨大ヒューマノイドを包囲するように攻撃を続けた。
すると、巨大ヒューマノイドの姿は次第におぼろげになっていき──やがて、まるで蜃気楼だったかのごとく、掻き消えてしまった。
けれど、攻撃に参加したダイアクロン隊員たちは誰一人として気づかなかったが──巨大ヒューマノイドは光の粒子と化して、科学研究基地の残骸へ──意識を失ったヒカリの元へと向かっていた──。
それと時を前後して、ヒカリは夢を見ていた。
弟と、戦火の中を逃げ回る夢を。
ヒカリと弟は、いつしか救世主を──希望の光に満ちた夢のヒーロー、名付けて≪シルバークラティオン≫を心の中に思い描くようになっていた。
そしてヒカリは、弟のためにシルバークラティオンの人形を作ってあげた。
その胸の中央部分に、希望のシンボルとして、惑星開発隊長だった父からエウロパ探査土産としてもらった≪緑色発光水晶≫を組み込んで。
そんなシルバークラティオンの人形を、弟はお守りのように肌身離さず持ち歩いていた。
きっとヒーローが──シルバークラティオンが助けに来てくれるに違いないと信じて。
だが、その願いが叶うことはなく──緑色の水晶の欠片だけが弟の形見として残った。
ヒーローなんていない。だったら、自分がヒーローになるしかない。
そう誓った日の光景の中で──ヒカリは夢から覚めた。
けれど、そこは現実の世界ではなかった。
再び、黄金の光に包まれたサイバー空間に佇んでいたのだ。
どうやら、瓦礫に押し潰された際にダイアテクターのリンクシステムが作動し、意識を失うのと同時に、サイバー空間へダイブしたらしい。
しかも、あろうことか、その眼前には──意識を失う直前に見た、あの巨人が、なぜか等身大の姿で立っているではないか!
なぜここに? ひょっとして、これは夢の続きなのか?
すると、困惑するヒカリをよそに、巨人──だった謎の存在が言葉を発してきた。
「私はハイパーエージェント、グリッドマン。怪獣と化したワルダー星が地球へ向かっている。君の協力を要請する!」
グリッドマン? ハイパーエージェント? それに、ワルダー星が怪獣化? ヒカリはますます混乱し、目を白黒させるばかりだった。
そう、ヒカリたちダイアクロン隊は知る由もないが、≪オペレーション ラグナロク≫の結果、ワルダー星はフリーゾンエネルギーの暴走による重力崩壊を起こしていたのだ!
そして、自らをグリッドマンと名乗る存在は、これまでの経緯を語り始めた──。
重力崩壊したワルダー星は本来、ブラックホール化するはずだったが、その際に生み出された超波動フリーゾン量子とワルダー星人たちの残留思念が結びついて、ブラックホールの属性を持った恐るべきエネルギー生命体──すなわち『怪獣』へと変貌した。
ほどなく怪獣は、フリーゾンエネルギーの強奪という、ワルダー星人が果たせなかった目的を果たすため、その自在に次元を跳躍できる能力を使い、地球に向かって次元ワープを開始した。
しかも、それに伴って発生する次元震動によって、多元宇宙同士の交錯という、未曽有の危機的現象が起こり始めた。
そこで、事態を収拾すべく、ハイパーワールドから特命を帯びてやってきたグリッドマンは怪獣の討伐に向かったが──怪獣は、何度ダメージを負わせても、その体の根源を成す超波動フリーゾン量子が発振する次元波動振動によって損傷箇所を再生し、瞬時に復活する桁外れの強敵だった。
そしてグリッドマンは、異次元空間に於ける、長く過酷な戦闘で極限にまでパワーを消耗し──さらに、次元を突き破るほどの凄まじい一撃を食らって、ヒカリのいる月面へ弾き出されてしまったのだ──と。
「君を危険な目に遭わせてしまい、すまなかった……しかし、私はこの世界では、実体のないエネルギーにすぎない。だから、君の助けが必要だ。君の肉体と、平和を愛する優しい心が……その心の力が!」
科学研究基地に倒れ込み、ヒカリと視線が合った時──グリッドマンには届いたのだという。ヒカリの瞳の奥できらめく、燃えるような勇気と情熱、そして、平和を愛する優しい心が!
怪獣がもたらした多元宇宙交差現象の副次的効果により、グリッドマンはヒカリたちの世界に現れたが、エネルギー体である彼が完全に実体化するにはパートナーが必要だった。
だからこそヒカリを選び──彼女のダイアテクターに、その身を預けたのだ。
そして、いつの間にか、ヒカリの左手首には、ブレスレット型のアイテムが装着されていた。
「!? これは……」
「それはアクセプター。君と私を繋ぐものだ。いつも持っていてくれ」
と、その時、サイバー空間に「カイザキ隊員! カイザキ隊員!」と呼びかける声が響き渡り──ヒカリは現実の世界へと引き戻された。
駆けつけた救急班によって、ヒカリは瓦礫の下から救い出されたのだ。
そんなヒカリの左手首には、サイバー空間の時と同じく、アクセプターが装着されていた。
やはり、今しがたの出来事は夢ではなかったのだ。
けれど、事態を頭の中で整理している暇はなかった。
「メトラゾーンに巨大怪獣が出現! 繰り返す! メトラゾーンに巨大怪獣が出現!」
「!」
基地内に響き渡るアナウンスを耳にして、ヒカリの全身に戦慄が走った。
怪獣が──グリッドマンの言っていた通り、巨大な怪獣が地球に出現したというのだ!
(つづく)