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友情

遊月はカードショップの住所から送られてきた小包を開ける。わざわざ国際便で送ってくるほどのものが、なにかあっただろうか。

「これ……昔使ってたデッキケース?」

中学の頃にデッキを入れて持ち歩いていた、ケースだ。角が擦れていて、使い古していた感がある。重さ的には、カードも入っているようだ。

「そっか。ずっと前になくしたと思ってたデッキ、店に忘れてたのか……」

なつかしさを感じながら、遊月はケースを開けた。あの頃使っていたデッキは……とカードを見ると、自分が使っていたものではない。さらにルリグのカードには――。

「どうして……私が――!?」

――次の瞬間、遊月はルリグの姿になって、バトルフィールドの盤面の上に立っていた。ただ、当時ルリグになったときとは服装が違う。また“別の”ルリグになったということなのか……どちらにしても、夢限少女のループは終わったはずである。

「もしかして、またセレクターバトルが……?そんな……いやだ……」
自分の手足や服装を見ながら、焦る遊月。ふと、セレクターバトルであればもうひとりいるはずだと思い、後ろを振り返った。
「そ、そうだセレクターは……!?」

本来セレクターが立つ位置――そこには、連絡を取らなくなって久しい、花代の姿があった。

「……遊月、これって……」

遊月と同様に、不安そうな表情を浮かべている。

「花代さん……」
自分ひとりだけではなく、見知った相手がここにいることに対しては、多少安堵した。
ただ、花代の姿にどこか違和感があった。最後に会ったときの記憶と比べて、花代が若返っているように見える。というより、むしろセレクターバトルが行われていた、あの時代と同じくらいの見た目をしているように思う。

「ねぇ……花代さんって今、いくつ?」
「え、なにその質問……遊月と同じ24だけど……」
「そう、だよね。でもなんか中学生ぐらいに見える……」
「どういうこと?っていうか、んー……遊月はルリグになってるからわかりづらかったけど、確かに子どもっぽく見える……かも……?」

花代が目を細めて、遊月をまじまじと見る。そこまでじっくり見られると、少し気恥ずかしい。

「で、でも、なんでわざわざ若返らせる必要が……」
「そうだな……考えられるのは、この空間自体が過去に関するなにかしらの“想い”で創られているから、私たちもそのときの姿に合わせられている――とか」
「なにかしらの“想い”……」
「……最近、ウィクロスまわりで特別なことあった?」

この現象に関係があるかどうかはわからないが、遊月は今日るう子たちがカードショップにいること、小包で届いたデッキの中に自分がルリグになったカードが入っていたことを説明した。
ほかにはまったく心当たりがない。もしそれがきっかけだったとして、ショップにいるるう子たちはどうなっているのだろうか。

遊月の話を聞き、花代が腕組みをしながら考え込んでいる。

遊月にしてみれば、この状況の解明もしたいところではあるが、おなじくらいに花代とどう接するのが正解なのかも気にかかっている。香月に好意を寄せられて花代がジムをやめたこと、自分がイギリスに渡り連絡も取らなくなったこと――それらをすべて気にせずに、普通に接するのは……なかなかハードルが高い。

とは思いつつ、バトル相手が現れてしまえば、とりあえずは戦わざるをえない。いつの間にか、もうひとつのブースに見知らぬ少女が立っていた。

「花代さん……バトル相手が現れたみたいだけど……」
「――まぁ、そのためのバトルフィールドだしね……」

ある意味、やることが明確になったと言えるかもしれない。

不可解な状況ではあるものの、ルリグの経験もある遊月にとって、バトルについての不安はない。セレクターとして花代がいてくれるのであれば、盤石の布陣といえる。
相手には申し訳ないが、負ければなにが起こるかわからないこの空間――手加減はなしだ。

「続きは、勝ってから考えようか」
花代もそのつもりらしい。


久しぶりにルリグとして戦うウィクロスは、こんな状況ながら『楽しい』と感じた。遊月がかつてルリグとなっていたときには、純粋にバトルを楽しめる状況ではなかった。バトル中にこみ上がってくる“熱”を自覚しつつも、それを解放してしまうのは不謹慎なことのようにさえ思っていたのだ。
セレクターのひとえも気持ちが追い詰められていたし、みんながなにかのために必死だったのだ。

「バトルが終わっても、なにも起きない――」
遊月がそう言いかけたところで、辺りの景色が変わった。
花代は色褪せた街並みの中に立っていて、遊月は花代が手に持ったカードの中にいる。

さすがに物理的にこの空間に移動させられたとは考えにくい。おそらく、身体はもとの場所のままで、精神だけこの空間にいるのだろう。

花代はそう話しながら、街の中を移動していく。
商店街、公園、学校――遊月がカードの中から見るその風景は、かつてるう子たちと一緒に過ごしていた場所で間違いがなさそうだ。今では建物や区画が変わっているところも、昔のままになっている。

「なんか、懐かしいな。こことか……セレクターバトルが終わったあと、みんなでウィクロスして遊んだよね」
「ああ……私が遊月に圧勝したとき?」
「ちょっ……そんな覚え方……!?あ、あのときはちょっと調子が悪くて……!」
「ふーん?」

バトルの結果で覚えているなんて、花代は案外勝敗にこだわるタイプなのかもしれない。

「でも本当に……セレクターバトルが終わって10年も経つのに、まだ同じような現象が起こるなんてこわいよ」
遊月はうつむいた。
「私がルリグになって、花代さんが私の願いを叶えようとしてくれたけど、それが負担になって……もうあんな想い、したくない」
「遊月……それは私も同じだから」

花代は、カードを自分の方に向けて、遊月と目を合わせた。

「今はふたりでその“想い”を持って、戦おう。そうしたらきっと、元に戻れる」

花代が言うと、それが本当のことのように感じる。
昔から、花代の言うことには説得力があったし、そう感じるほど遊月は花代のことを信用していた。はじめこそセレクターバトルの“真実”には触れなかったものの、それ以外はちゃんと自分に向き合ってくれていたと思う。

「花代さん……うん、そうだよね」

いつの間にか、遊月が最初に気にしていた“接しにくさ”は、感じなくなっていた。街で出会うセレクターたちとバトルをしながら、普通に花代との会話を楽しめている。


「え、じゃあ今は専門学校に行ってるってこと?」
「そう。鍼灸に興味があって」
「鍼灸って……ツボに鍼をさしたり、お灸したり……?」
「そうだね。ジムで身体に向き合っているうちに、東洋医学も学んだほうがいいんじゃないかって思うようになって……ストレッチや筋トレだけじゃなくて、身体のことを総合的にサポートできるようになるのが理想なんだ」
「へぇ……さすが花代さん。さらに追求したくなっちゃうんだね」
「まぁ、それが楽しいから」

以前よりもさらにストイックになっている花代に、遊月は感心してしまう。

「それより、前に会ったときに運動しないとヤバイ、みたいなこと言ってたけど……その後、身体動かしてる?」
「ええっとー……イギリスに留学して少しやせたし、いいかなーって」
「何言ってるの!」

突然の花代の圧に、遊月は思わず後ろにのけぞる。

「そんなの環境の変化に身体がついていけてないだけじゃない。食生活だって日本と違うんだから、意識していかないとダメ!」
「は、はい……」
「今度遊月用の運動メニューを組んでメールで送ってあげるから、ちゃんとやりなさいよ。まずはある程度筋肉をつければ代謝が上がって、太りにくくもなるから」
「わ、わかりました……鬼コーチ……」

いつも冷静沈着な花代が、こんなに熱く語っているのは珍しい。留学を終えて日本に戻ったときには、“花代コーチ”の元に通うのもありかもしれない。

『すみませーん。セレクターの方ですよね?バトル、お願いできますか?』
遊月は声をかけてきた人物の姿を花代の肩越しに見て、目を見開く。そして、その遊月の様子を見た花代が、さらに「どうしたの」とその人物のほうに振り返った。


「くっ……つよい――!どこにそんな力が……」
今までのバトルはそこまで苦労せずに勝てていたが、中学時代の遊月と花代は、相当な実力の持ち主だった。

これが最後のバトル――遊月も花代も、直観でそう感じている。つまり、絶対に負けるわけにはいかない。

『花代さん!』
『OK、わかってる!』

威勢よく花代に声をかけたものの、対峙している過去の自分の表情を見ると、思わずたじろいでしまう。
あの時の自分は、願いを叶えるために曇りなき心で、本気でセレクターバトルをしていた。譲れない気持ちが、バトルの原動力となっていた。

それに対して、今の自分はどうだろうか?
遊月は、自分の心に問いかけ――今、心のわだかまりになっていること……バトルに集中し切れない要因になっていることがあると感じた。――
きっと花代も同じことを感じていると思う。
そんな状態では、すべてを出し切るような戦いをしてくる過去の自分たちには勝つことはできない。同じように気持ちをさらけ出す必要がある。
――取り繕ったうわべだけの関係ではない、わだかまりのない本当の友情を築くためにも。
とっくに気が付いていながら、ここまで切り出す勇気が出なかった――。

「花代さん!香月の……香月のことなんだけど!」
「……!?遊月、今そんな話をしてる場合じゃ……」
「今だからこそ、なんだよ」

今だからこそ、この話をするべきだ。香月の話題を避けたままの関係では、過去の自分たちには絶対に勝てない。

「私、香月が花代さんのことを好きになったって聞いてショックで……ショックを受けた自分にもショックで……それで、環境を変えようと思ってイギリスに留学した。花代さんにも連絡をしないままで……ごめん」
「遊月……」

花代はバトルの手を止めた。

「それで今度は、香月から別の女性と結婚するっていう報告がきた。結婚自体をお祝いしたい気持ちはあったけど……私と花代さんの中では、ちゃんとそれを受け入れられる覚悟ができていない気がして、どうしたらいいか悩んでたんだ」
「うん――」
遊月の真剣な言葉に、花代は穏やかな表情で答え始めた。むりにでも話題を切り出してくれたおかげで、肩に乗っていた荷が、少し軽くなった気がしている。今なら、素直な気持ちを遊月に伝えることができそうだ――。

「結婚式の招待状……私のところにも来たよ。お世話になったからって、自分をフッた相手を呼ぶとは思ってなかったんだけど……幅広い知り合いに来てもらうために、カジュアルな1.5次会のスタイルにしたんだって書いてあった」
「そうは言っても……まさか花代さんも呼んでるとは。香月って、どこか鈍感なところがあるよね。なんか、きょうだいとして、こっちが申し訳なくなるっていうか……」
「まぁ、真直ぐで公平だからかな。そういうところが、私たちの好きになった――香月らしさなのかもしれない」
「ああ、そうだった、ずっと真直ぐに。」

遊月の代わりに願いを叶えることが花代の使命だったとはいえ、自分が香月のことを好きになってしまったこと、関係が少し発展したことに対して、横取りしたような罪悪感がずっと消えなかった――その上で、さらに元の自分に戻ってから香月に好意を寄せられることは、遊月に対する裏切り行為のように思えた――と、花代は話した。
香月に惹かれる自分もいたからこそ、はっきり拒絶することもできずに、姿を消す道を選んだのだと。

一方で、遊月の中でも花代を責めるような気持ちがあった。でも同時に、恋心を抱くことは、誰にも制限できるものではないこともわかっていたし、花代の恋の邪魔もしたくはなかった――。

「つまり私たち……香月のことを考えながらも、お互いのことが大切だったから身動きがとれなかった、っていうことなのかな」
「――そうかもね。渦中の人は、あっさりまったく別の人を選んで幸せになっているっていうのに」
「あはは、本当にね」

遊月は、心からの笑顔を花代に向けて、右手を差し出した。

「花代さん。今日改めて、花代さんといると楽しいし、心地がいいって思ったんだ。改めて、ずっと……友達でいてね」
「ふふ……プロポーズでもされるのかと思った。――もちろん、喜んで」

ルリグとセレクター、大きさの違う手で握手を交わす。
友達に、「友達でいてほしい」と伝えるのは本来馬鹿げたことなのかもしれない。けれど、「この先も関係性を続けていきたい」という気持ちを表現しなければ、お互いに足踏みをしたままになってしまっていたと思う。

ずっと心にこびりついていたわだかまりから解放され、やっと、心から向き合うことができた。ふたりは、友情という確かな絆で結ばれている。今なら、きっと過去の自分たちにも勝つことができる――自然と、自信がわいてくるのだった。

「今の私の能力――使う条件は揃ってるよ、花代さん」
「うん、いいね。過去の遊月にはかわいそうだけど……遠慮なく、思いっきりやらせてもらうよ」
「ああ、いいよ、あの頃の私、いざ!」
「おらきた!」


そう言って繰り出した攻撃によって相手のライフクロスを削り、最終的に遊月と花代はバトルには勝利することができた。

そのあとは、イギリスの家の自室で意識が戻り――頃合いを見て、るう子に連絡をした。やはりショップに行ったタイミングで、るう子たちも過去の空間に飛ばされ、セレクターバトルの頃の自分と戦うことになったということだった。
あの空間は、当時のセレクターたちの気持ちが残留した場所で、 “傷の世界”だと店員に説明をされたそうだ。
だからその“傷=過去の自分”と向き合い、勝利し、傷の総量を減らしていくことが必要だった。
遊月と花代はその背景についての把握はしないままであったものの、過去の自分たちと対面することが、“傷”を回復するきっかけになった。結果的にはよかったのではないかと思う。

セレクターバトルに参加した少女たちが、その後の人生を笑って過ごせますように――遊月は心の中で願うのだった。


――数か月後、とある結婚式場にて。

「私が結婚するときは、やっぱりあの後ろが長くなってるドレスがいいなぁ~」
「トレーンね。確かにバージンロードにも映えるし、『花嫁』って感じがする。っていうか……遊月、結婚願望あるんだ」
「ええ!?それはまぁ、それなりに……?むしろ花代さんはないの!?」

結局遊月と花代は、そろって香月の結婚式に出席している。遊月ははじめての参列だったため、その空気にあてられたようだ。

「そ、そういうわけじゃないけど……でもほら、それなら髪の毛伸ばした方がいいんじゃない」
「それはまだ気が早すぎだって!相手もいないのに……それに、ショートも結構気に入ってるし。まだ当分はこれかな」
またいつか髪を伸ばすときが来るかもしれない。けれどそれまでは、今の自分を楽しめたらいいなと、遊月は思う。

『ではこれより、花嫁によるブーケトスを行います』
1.5次会のスタイルとはいっても、通常の結婚式のように挙式も演出もひと通り行うようだ。
式場の司会者が、女性ゲストに前へ出るように促すが――我先にと前に出る人、おずおずと後ろの方に隠れる人と、様々だ。
その中で、なぜか遊月は前方に待機している香月と花嫁の方をじっと見つめて動かなくなってしまった。

「ちょっと、どうしたの遊月……ブーケトスは……」
「やっぱり……」
「え、なに。まさか……」
花代は、遊月がやっぱり結婚反対などと言い出すのではないかと焦る。もしかして、まだ気持ちの整理が――?

「やっぱり、香月のタキシードは紺の方がよかったと思うんだけど……!ねぇ、花代さん!?」
「……え?」
「黒だと、香月のあの優しい空気感が損なわれるような……ほら、見て。ああやって笑ったときなんか、絶対紺の雰囲気の方があってるよ!」
「う、うーん?」
「どうして私じゃなくて花嫁の意見を聞いたんだろう……!」

今日の遊月は、いつもよりテンションが高いようだ。酔っぱらっていると言われても、違和感がないほどである。

「そりゃあ普通花嫁の意見を優先するでしょ……いい加減に弟離れしなよ!」
「かわいい弟の晴れの日なんだから、最高の衣装で迎えてほしいと思うのは当然だよ……!あぁ~」

花代はうなだれる遊月の腕をひっぱり、ブーケトスの位置まで引っ張っていく。
「ほら。参加しないなら、私がブーケをもらって、遊月より先に結婚するけど?」
「あっ、ちょっと。抜け駆けはだめだよ、花代さん。ブーケは、私が――!」

『じゃあ、いきまーす!3、2、1……』
花嫁が後ろ向きに、空高くブーケを投げた。

「「絶対幸せに、なる――!!」」
遊月と花代は手を大きく掲げ、必死にブーケに手をかけようとする。
ブーケは誰かの指にあたって何度か跳ね、最終的に遊月と花代のふたりでキャッチすることになった。
まさかの結果に、お互いに顔を見合わせる。思わず吹き出してしまい笑っていると、香月と花嫁が一緒に写真を撮るためにやってきた。
今日は香月たちの門出の日であるが、遊月と花代にとっても、忘れられない日になりそうだ。

あふれんばかりの笑顔とともに、明るくて幸せな未来は――今、ふたりの手の中にある。






おわり

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