selector loth WIXOSS
社長×相棒
「あきら、美容の専門学校から講師の依頼が来ているのだけど、受けていいかしら?」
あきらがお気に入りの社長椅子に座ってSNSを見ていると、 何やら書類を持った“相棒”がデスク前までやってきていた。
ここはあきらの会社のオフィスビル。化粧品の自社ブランド事業が軌道に乗った際に買い取ったビルを改装して、1階を店舗、2階をオフィスとして使用している。人通りの多い路面にあって使い勝手も良く、あきらはとても気に入っている。
10名程度のスタッフのデスクが並ぶ、その奥にあきらのデスクがあり、その横には今まで開発してきた化粧品がきれいに並べられている。天井まである大きな窓からは街並みや歩いている人を眺めることができ、とても開放的だ。内装は、店舗のようにブランドをイメージしたかわいらしい雰囲気で統一しているのがこだわりである。今日は休日なのでスタッフはいないが、みんな「会社に来るのが楽しくなる」と言ってくれているので、社長として満足している。
あきらは投げかけられた問いに対して、視線をスマホから外さず、そのままの状態で答える。もちろん仕事用のパソコンも目の前にあるが、SNSチェックはスマホに限る。
「もち、いいよ~」
人前に出るのはあきらの得意分野だ。
「先方からは、“若者向け化粧品ブランド『アクリア』立ち上げの経緯や、開発上の工夫などを、是非生徒たちにお話していただきたく”と来ているけれど……って、聞いてる?」
社長であるあきらと共に、休日出勤をしている声の主が、あきらの後頭部に資料の束を置き、“こっちを向け”と圧をかける。その効果はあったようで、あきらはやっとスマホから手を離して顔を上げた。
「聞いてるってば!大丈夫っ!」
「そう?ならいいけれど。あとから何を話すか悩んでも、知らないわよ」
「え~ん、その時は助けてほしいナ……?」
「まったく。質疑応答もやってほしいということだから、想定内容と合わせて簡単にまとめてはおく予定」
「さっすが清衣!頼りになる~♪」
大学在籍中に自分のブランド『アクリア』を作り、さらに会社として起業してから数年、今ではこういった依頼もよくある。あきらは商品開発の傍ら、メディアに出たり自ら商品のモデルを務めたりと、若い世代に人気の“カリスマ社長”として忙しく――SNSもこまめにチェックをしながら、過ごしている。そして、そういった業務のサポートや取りまとめ、お金まわりのやりくりなど、一緒に会社を経営してくれているのが清衣だった。会社の“看板”があきらなら、“縁の下の力持ち”が清衣といったところだ。
「みんな、あなたの輝きに繋がっている、そのメイクの秘密を知りたいのよ」
清衣はそう言いながら、数枚の資料をデスクに置いた。自社製品を使っているあきらが人前に出て話すことで、「かわいい」「きれい」を実際に見てもらえる。これはとても説得力があるのだ。
『アクリア』はあきらが顔の傷をきれいに隠すために、完璧な商品がほしくて考え始めたのがきっかけで生まれたブランドだ。
“あの時”――あきらは自分の存在自体が傷モノになってしまったように感じていた。もう価値などない、世間からも拒絶されてしまうのだと絶望した。自暴自棄になり、自分の部屋に引きこもった。
再び笑顔を取り戻せたのは、メイクさんが施してくれた化粧のおかげ。また自信も付き、読者モデルの活動も復活することができた。化粧はまるで魔法のように、“かわいい”を叶えてくれる。
そして数年後、こうして化粧品の開発を仕事にしているのだから、人生何をきっかけに何が起こるかはわからないものだ。あの時の記憶は恐ろしいものだが、結果的にあきらにパワーを与えてくれた。
そんなあきらの姿に憧れを抱いているのが、まさに『アクリア』のターゲット層の女の子たちというわけだ。かわいくて、かっこよくて、モデルで、社長――。
褒められてご機嫌になったあきらは、資料を手に取る。このあたりの扱いをよくわかっているのも、片腕として共に働いている清衣だからこそ。
「――先月の売上の報告書です。目標は達成しているし、新しく置いてもらった店舗での販売も順調。以前掲載された雑誌のインタビューの反応や、SNS上での評判も申し分ないわ」
『アクリア』は、はじめこそ口コミで人気を得ていたが、今では話題の化粧品として雑誌や記事に取り上げられることも多くある。そのおかげかずっと売上は右肩上がりで、だからこそ、あきらはこのふわふわで座り心地抜群の社長椅子に座っていることができるのだ。――ちなみに、ピンク色で特注をしたものである。
「アクリアのおかげで『外に出掛けるのが楽しくなった』『人の目を見て話せるようになった』『おしゃれしてみたくなった』――というような中高生の投稿が多くあがっているようね」
清衣からの報告を聞く限り、自信がなくコンプレックスを抱える少女達の背中を押す商品として、その位置を確立できているようでなによりである。『アクリア』の良さをわかってもらえている。
「あきらっき~!いいじゃん、この調子でどんどん商品展開作っちゃお~! 次は何だろ……うーん、化粧水とか乳液とか、スキンケアにも力を入れたいところだよね~♪」
ご機嫌なあきらは、次にやりたいことがどんどんと出てくる。“かわいい”の追求はとめどないのだ。
「いつも通り私は商品についてアイデアを出して、清衣はお金のこととかを考えてくれればいいし☆やっぱり、持つべきものは“私の不得意なところをやってくれる相棒”、よね~!」
そもそも清衣があきらの事業を手伝うようになったのは、口車に乗せられて悪質な業者に引っかかりそうになっていたのを止めたのがきっかけだった。とにかく自分のブランドを立ち上げたかったあきらは、言われるがままに契約をしようとしていた。
たまたま街中で清衣に再会し、お茶ついでにその話を持ち出していなかったら、今頃あきらは自分のブランドを失うことにとどまらず、一文無しになっていたかもしれない。
清衣も事業運営などの方面に詳しいわけではなかったが、あきらよりも慎重に冷静に物事を判断しようという姿勢を持っていた。せっかくこだわって作り上げたあきらの商品を、詐欺師まがいの人たちに台無しにされるのは納得がいかない。様々な調査をして契約を阻止した末、自分があきらをサポートすることに決めたのだった。
目をキラキラさせながら思いついたことをメモしていくあきら。しかし、そんなあきらとは反対に、清衣の表情は明るくない。
「はぁ……。あまり調子に乗っていると、またいつか痛い目にあうわよ。この間だって――」
溜め息をつきながら、腕を組む清衣。あきらが調子に乗れば乗るほど、なにか良くない結果に結びつくのだ……。
例えば先日行ったライブ配信中、あきらがリスナーの質問に答えるかたちで他社の製品を否定するような発言をしてしまった。それがSNS上で拡散され、若干炎上したばかり。清衣があきらを引っ張って先方に謝りにいったことで、なんとか事は収まったが、前例はこれだけではない。何度も世間を騒がせるような出来事を起こし、その度に翻弄されて疲弊するのは清衣だった。あきら本人はいつもどこか他人事のような、何食わぬ顔をしているのだから余計に、である。
「でも、あの商品は実際に値段に見合ってないと思ったんだから仕方ないでしょ? 私の『アクリア』は、傷をきれいに隠すために作った最高の商品! 徹底的にこだわってるし、他に負けるわけない!」
「それは分かっているけれど……」
あきらの『アクリア』への想いの深さや取り組みについては清衣も認めているし、むしろ尊敬できる部分だ。動画でアイテムの紹介や解説をする美容系の活動者も増え、街中にも専用ショップができるなど、今は化粧品の戦国時代と言える。そんな中、他社の製品に勝っていくのは容易なことではない。今の売り上げは、ひとえにあきらのこだわりがあるからこそだろう。――しかし、商品がいいだけではだめなのだ。
「でも、表に出る者として、正しい態度や言動ってものがあるでしょ。せっかくのいい商品が、炎上のせいで手に取ってもらえなくなったら……それどころか、販売自体できなくなったら困るじゃない」
開発者が表に出るというのは、メリットもあるがデメリットもある。業界内での評判やつながり、イメージ戦略……そのために、なんとかあきらには言動に気を付けてもらわなければならない。清衣は真剣な表情で訴えるが――。
「はいはい、もう~昔のピルルクたんみたいな仏頂面やめてよね!あきら、こわ~い!」
「…………はぁ」
あきらの手綱を握るのは難しい。このままこの仕事を続けていくべきか、清衣はため息をつくのであった。
「それで、今日このあとの予定は……っと」
清衣のため息を無視して、あきらはスケジュールを確認するために再びスマホを手にする。
「あ、そうじゃん、“あの約束”が――って、何かDMが来てる」
このあとの予定を思い出すと同時に、ふと、SNSにメッセージが来ていることに気が付いた。知り合い以外からのDMは制限する設定をしているものの、たまに受信を申請してくる人もいる。そういう場合はメッセージの冒頭や相手のプロフィールだけ見ることができるが、どうやら自分のファンからではなさそうな感じがする。
あきらは何となく違和感を覚え、メッセージを全て開いてみる。
「うそ、これって――!?」
あきらの怪訝そうな表情を見て、清衣も身構える。
DMは、最近なにかと話題になる暴露系の配信者からのものだった。
暴露系の配信者というのは、誰かからのタレコミのネタを配信や動画で公開する活動をしている人たちのこと。その内容は信憑性の薄い噂レベルのものから、浮気の写真付き告発などさまざまである。そして、そういった活動をしている人からの連絡ということは、どういうことなのか――DMを読み上げていくあきらの声を聞きながら、清衣の嫌な予感は的中した。
「えっとー……『あなたが過去にウィクロスバトルでか弱い女性をいびっていたことや、読者モデル時代に浦添伊緒奈に怪我をさせたことを配信で話してほしくなければ、100万円で手を打つ』――って、なに言ってんのコイツ!?」
まさか、過去についてのタレコミがあったとは……しかも金銭の要求、ほとんど脅迫だ。成功しているあきらに対して、いやがらせでもしてやろうという人でもいたのだろうか。確かにあきらの過去には色々あり――そんな人間が目立つ存在となり、人気を集めている、ということにおもしろくないと感じるのは不自然なことではないが……。
「だからなんだっていうのよ。もう全部解決してるし、お金なんて払うわけない!こんなの気にしなくていいよ。ね、清衣?」
誰がタレコミしたのかはわからないが、突然過去のことをほじくり返されて、こちらとしても気持ちがいいわけがない。あきらが怒るのも当然だ。他人を傷つけてしまった過去は確かにあるが、今は本人達とも和解している……はずだ。「うるさい!」と一蹴したいところだが、内容が事実なことには変わりない――。
「はぁ。……そんなわけにはいかないでしょう……」
清衣は腕を組んだまま、怖い表情をしてブツブツ言い始めた。
「せっかく事業が好調なときに……評判を落とすような内容が世間に広まるのは避けないと……。お金を払ったところで本当にやめてくれるのかもわからない……公開前に自ら公表する……?いえ、一旦公開させたあとに謝罪会見でも開くべきか、もしくは知らぬ存ぜぬを通すか……」
どう対応するのがベストなのか、清衣は頭の中で考えを巡らせる。一番は公開自体をやめさせることだが、それもうまくいくとは限らない。
あきらは「無視すればいいのにー」と、頬杖をついて、悩む清衣を見ている。そんなつまらない過去のことなんか、今更取り合わなくていいし取り合いたくもない――し、正直面倒くさいだけだ。
「とりあえず、今日の予定は全部キャンセル!対策を考え――」
考え込んでいた清衣が顔を上げ、そう言い放つ。そして、広げていた資料をまとめると、慌ただしく自分のデスクに戻っていこうとした。しかし、あきらにはこのあと楽しみにしていた予定が入っていて、キャンセルはしたくない。
「むりむり! 今日は今からカードショップに行くんだから!」
「は……?」
“こんなときにカードショップ……?”という圧を、清衣の表情から感じる。恐ろしい。
「え、え~っとぉ……」
思わずたじろぎ、なんとかごまかせないかと思考を巡らせたあきらは、むしろいいことを思い付く。
「そう言えば!今日は、るうるうもショップに来るらしいんだよね!ってことは、ひっとえーも一緒に来るだろうし、もう解決したって弁明してってお願いすればいいんじゃない!?」
そう、今日はただのいつものカードショップでの気晴らしタイムではない。珍しくるう子が来るというのだ。直接聞いたわけではなく、一方的に知っているSNSを見ただけだが、恐らく本当に来る。今回のタレコミ内容の当事者である、るう子やひとえが、今はもう気にしてないと言ってくれれば……そんなに問題にならないのでは? あきらはそう考えた。
「そんな単純な……」
「あきらってば、天才~♪」
清衣は変わらず不安そうな表情をしているが、あきらは構わず席を立つ。
「じゃ、そういうことで!私は店舗を覗いてから、カードショップに行くから~!」
“これで一件落着”と言わんばかりのご機嫌な笑顔で、あきらはオフィスから出て行ってしまった。残された清衣は、その場に立ち尽くし、持っていた資料の束を握り潰すのだった――。
――いつものカードショップ。
「ハロ~ちより!やってるー?」
「あきらさん!ちよりは今、ずばっと新しい戦法を練ってるとこです!あきらさんは今日もぜっこーちょーって感じですねえ~!」
「まぁね~♪バトルするなら、受けて立つけど?」
ここ最近、あきらは気分転換にこのカードショップに通うようになった。同じく仕事に煮詰まったときに来ていたちよりに偶然出会い、よくウィクロスで遊んでいる。
セレクターバトル後もなんだかんだ手放すことができなかったこのカードゲームを、ちゃんと楽しんでいる自分がいる――そうあきらは自覚していた。社長という肩書きなど関係なく、ひとりの人間として楽しむ。この時間が心地よく、大切だと思っている……ような気がする。
「もう少しでデッキがまとまりそうなんで、そしたら……!」
悩み過ぎて頭から湯気が出そうなちよりを見て、思わず微笑むあきら。ちよりは年下で少し抜けているところもあるが、小説家として生計を立てていて、なかなか根性がある。ノリもいいので、仕事のリフレッシュをする場の仲間として、ぴったりの存在だ。
「おっけ~!なんなら、一緒に考えてあげてもいいけど~?」
あきらはちよりの手元にあるカードを覗き込む。
「どぅあっ!だだだだめですっ! これはちよりの全てをつぎ込んだ決死のデッキ……!このあとあきらさんを打ちのめす最強の組み合わせにしているんですからっ!」
そう言って必死な顔でカードを隠すちよりに、思わず笑ってしまうあきら。ちよりはこういうところもおもしろい。
「はいはい、わかりましたよ~っと」
あきらは椅子に座りながら店内を見渡すと、以前は棚にたくさん並べられていたカードが、もう数少なくなっていることに気が付く。この店はもうすぐ閉店してしまうことが決まっているため、在庫を減らしているのだ。
今日るう子たちがここに来るのも、最後に安くカードを買えるかららしい。つまり、まだウィクロスをやっているということだろうか。
このあたりのウィクロスプレイヤーは、みんなこのショップに通っていたし、思い出の場所だろう。清衣も連れて来れば良かった、とあきらは思う。そうすれば仕事の問題やストレスを忘れて、ウィクロスを楽しめたかもしれない。あの眉間に寄ったしわだって……まぁそれは『アクリア』で消せばいいけど。
清衣はいつもピリピリしすぎなのだ。だいだいのことなんて、結局なんとかなる。気を揉むだけ無駄――というわけにもいかないのか、会社経営というのは……。
数少なくなったカードの中には、初期のウィクロスのカードもちらほらある。
「なつかしいな……」
思わず、声が漏れるあきら。るう子たちは今、どう暮らしているのだろうか。あの頃以降、彼女たちと関わることはほとんどなかった。今日会えるのだとしたら、とても久しぶりだ。なかなか好き勝手やっていた当時の自分からの成長を見たら、驚くだろうか?
――成長、してるよね?
わくわくするようなそわそわするような気持ちをごまかしながら、あきらは穴が開きそうなほど鋭い視線でカードを睨みつけるちよりの様子を眺めることにした。