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小説家×母
とあるカフェにて――季節の限定メニューである『ストロベリーフラッペ&アイス』は、特にここの人気商品だ。なかなかいい値段がするものながら、毎年これを求めて若者が殺到する。
「ん~!これこれ!この甘さと酸味のバランスがたまらんでし~!」
いちごのフローズンに、角切りのいちご、さらに上にいちごのアイスクリームも乗り、いちごのソースがトッピングされた、いちごづくしで見た目にもかわいい一品。ちよりもこの商品の大ファンで、たとえ長蛇の列に並ぼうとも、毎年欠かさず飲んでいるのだった。
「そんな冷たいものをいっきに……おなかこわすっすよ」
「もう、お母さんみたいなこと言わないでくだしー!エル……じゃなかった、こがねさん!」
ノンシュガーのカフェラテを片手に、苦い顔で肩をすくめている女性――。かつてセレクターバトルで、ちよりのルリグとして共に戦ったエルドラ――が元の人間に戻った『こがね』だ。
「そう言われましても。あたくし、実際にお母さんですので?まぁ昔から、ちよりの子守りをしてたようなもんっすけどね~」
「むきー!ひっどぉい!そんな風に思ってたんですかぁ!?」
今日はふたりで約束をして、カフェでお茶をしている。このカフェは2~4名が対面で座れるボックス席と、横長で長いテーブルに1名ずつ座れるカウンターのような席があり、ちよりたちは少し待った結果ボックス席に座ることができた。ここのボックス席は全てソファになっているので、女性に人気でいつも混んでいる。ピーク帯は時間制限をされることもあるぐらいだ。ちよりが打ち合わせの際にはじめてここを使って以降、お気に入りの場所。今回は窓際の席で、開放的な雰囲気も楽しめている。
隣に他のお客さんがいないので、ちよりが多少騒いでも、迷惑がかからないのがまたいい。
「はいはい、失礼しました。では、ちより“先生”、こちらにサインをお願いできますか?」
こがねが差し出した一冊の本とサインペン。ちよりは受け取り、ペンの蓋をはずす。
「――むぅ。それはいいっすけどぉ……」
表紙を一枚めくったところに、サラサラとサインを書いた。
ちよりのペンネームは『ちより』。最初に小説を投稿した際、いい名前が思い浮かばず……本名で登録した。プロとしてデビューする際も、途中で変える気にもならず、結局そのままだ。今ではせめてローマ字表記にすれは良かったかもしれない、と少し思っているが仕方ない。
『り』の横に添えられているドクロマークが、ちよりのサインのワンポイントだ。
久しぶりに書くので、ゆっくり、ていねいに書いた。ドクロマークも、いつもよりうまく書けたような気がする。
「この本、まだ読んでくれてる人がいるんですね……」
本を閉じると、いじけたような表情をしながら、再びフラッペをすするちより。
「暗いっすね~、あんたらしくもない。もちろん、いるに決まっているでしょう。元気出しなさいって」
「……だってぇ~」
ちよりは自らが参加したセレクターバトルを元ネタにした内容で、ライトノベル作家としてデビューをしていた。発売された文庫本は、シリーズのはじめこそある程度売れたものの、最近では勢いが衰えている。それゆえ、ちよりも自信を失っていた。
今では毎月雑誌に短編ものを掲載させてもらいつつ、新しいシリーズもののネタを探している。
「まったく。サインを頼んできたうちの常連さんも、あんたがそんなんじゃガッカリっすよ?ほら、しゃっきっとする~!」
「うう……じゃあまた今度、お団子を差し入れしてくれたり……?」
「はいはい、わかったわかった。できたてを持っていくから」
「やった~!こがねさんちのお団子、おいしいですからね~♪」
一方、こがねははやくに結婚をし、今ではふたりのこどもの母親である。子育てをしながら、旦那の実家が営んでいる団子屋を手伝う日々だ。
まったく違う生活を送るふたりだが、今でもこうしてたまに会い、良き友人としての関係を築いている。
あの時――セレクターバトルの真相を知っても、ウィクロスの世界への夢を失わなかったちより。しかし、ひとえに負けて自身のセレクターバトルが終了した際、願いの逆流を受けた。るう子が全てを解放したのちも、セレクターバトルのことは忘れたまま、記憶が戻るわけではなかった。あらためてるう子たちと友達になり、ウィクロスを遊ぶようになったあとも、エルドラのことは思い出さず――常に大切なことをなにか忘れているような、ふわふわとした不思議な感覚の中、日々を過ごしていた。
そんなちよりを心配し、遠巻きに様子を見ていた、こがね――。しかしある日、ちよりに気付かれ、自分をつきまとっている不審者だと騒がれてしまった。
「あなた、なんなんですかぁ!?」
「えーっと……け、決して怪しいものでは――」
「うそだっ!あきらかに怪しいですし!!ちよりをどうしようっていうんですか!?はっ……もしかして、つかまえてどこかに売り飛ばすとかぁーーー!?!?やだやだやだ~~だれかぁあああ!!」
通り行く人々の目線が痛い……。わめき散らすちよりをどうにかおとなしくさせなければと、こがねはとっさにとある言葉を叫んだ――。
「――エルドラッ!」
――ちよりの言動が止まる。
「……え?」
「エルドラ、って、わかるっすか?」
「エル……ドラ……?」
聞いたことがある名前。その名前の人物を、知っている――。ちよりが確かめるようにゆっくりと繰り返すと、脳内に記憶の波が広がっていく感覚があり――。
「エル、ドラぁああああああ!!!!」
そして、すべてを思い出した。
ちよりをおとなしくさせるつもりが、そこからはもっと大変だった。「どうして勝手にいなくなった」「負けたくなかった」「今までどこにいた」など、さらに大泣きをし始めたのだ。ポカポカと何度も胸元を叩かれたが、あえて止めはしなかった。記憶がないといえ――きっとどこかで寂しい思いをさせてしまったのだろう。
「いたたた……まったく、この子は――」
こがねは呆れた表情を見せながらも、またちよりの元に戻って来たと実感し、目頭が熱くなる。
「バカバカバカ、エルドラのバカぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「はいはい、あたしが悪かったっすよ――ごめんなさいね」
ちよりの頭にポンポン、と手を置き、優しい声をかける。――が、ちよりはおさまる様子がない。さすがにそろそろ泣き止んでほしい……。
「だからとりあえず、頼むから落ち着いて……」
ちよりをなだめながら、自分の口元がゆるんでいることに気が付いたこがね。こがね自身も、嬉しかったのだ。
――そんな再会からまた交流を始めることとなった。今では危なっかしいちよりが心配――というのもあるが、なんだかんだ一緒にいて楽しいというのがその理由だ。
「おちびちゃんたちも連れて、ピクニックとかも捨てがた~い!」
こどもたちもちよりになついてくれているので、そんなに頻繁には会えないものの、家族ぐるみで付き合える気兼ねない相手。ルリグだったときよりも、『友人』という感覚が強い。
「あそことかどうですか、なんだっけ、あのー最近話題になってる……ほら、たしか芝生エリアのある広い公園の――」
「ちより先生が締め切りに追われてないときなら、いいっすよ?」
「うぅっ……」
楽しそうな表情から一変、ちよりは頭を抱える。
「今回はあと何日なんすか?」
「いや、えぇっと~まだもう少しあるっていうかぁ……1週間ぐらい……とかーたぶん……」
「本当は?」
「……5日ですぅ」
「無駄にサバ読むのやめなさいって!」
「だってぇ~~締め切りがあと少しまで迫ってるって思うと、余計にアイデアが浮かばないんですよぉぉぉぉぉぉぉ」
「はぁ……そんなときに油を売って、また担当さんに怒られるっすよ?」
「あ、あんな人のことなんて、知らない!」
「そういうわけにはいかないでしょ……」
ちよりはよく、出版社の担当からの電話を無視している。決して遅筆というわけではないのだが、アイデアが降りてこないときは、めっぽう書き進めることができず――締め切り間近の連絡は、詰められるのが怖いのだ。
「でもでも、担当さんだって悪いんですよぉ!?最初は励ましたり一緒に考えたりしてくれてたのに、人気がなくなった瞬間に手のひらクルー!って感じでぇ~~!」
「そりゃあ自分の電話に出てくれない人に、優しくなんてしたくないっすよ。いやぁ~わかるな~担当さんの気持ち!」
「うわぁぁぁ~~うるさいうるさい!悪だあ~~~!クリエイターっていうのは、繊細なんですよぉおー!優しくしてほしいですし~~~!!」
「はぁ……まったく。自分で言わないでほしいっすね……」
「うう……ちよりの味方は、このストロベリーのフラッペだけなんだあぁ……」
フローズン部分を全て食べてしまったちよりは、残りのアイスクリームをちまちまと口に運ぶ。
今はこんな様子だが、あのときふたせに憧れていたちよりが、実際に自分も小説家になっていることは、十分にすごいことだ。小説を書くと言い始めたとき、こがねは「まぁがんばれ~」くらいのテンションで、できたらいいね程度にしか思っていなかった。
しかし、ちよりはしっかりと文章を書く練習をし、勉強をし、アマチュアの投稿サイトに自作の小説を投稿するようになった。さらには人気が出て書籍化という、まさに思い描いた成功をおさめたのだ。
さらにそれだけでは終わらず、いつもちよりは「もっと売れなきゃ」「新しい話を考えなきゃ」「ふたせ先生を越えなきゃ」と悩んている。しかし、こがねの考えとしては、そんなに無理しなくてもいいのに、というスタンスだった。
「まぁまぁ、なにかあったらうちの団子屋でバイトすればいいんすよ~」
「でもでも~」とちよりは嘆くが、こがねは本当にそう思っているのだ。何事も、ひとつの選択肢に執着するのは危ない――万が一その道になにかあったとき、うまくいかなかったとき、動けなくなってしまう。挫折し、絶望し、立ち直れなくなるほどの傷を負う。そんな崖っぷちな場所に、身を置きたくない――置いてほしくない、ちよりにも。
自分を追い込む必要などない、逃げ道はいくらでもある――応援はしているものの、無理して苦しむぐらいなら、別の選択をしてもいいと思う。
「なんかアイデア出してください、こがねさん!」
「え、ええ!?あたしぃ!?」
とは言え、ちよりはそんな気は全然ない。こうやってサボって――もとい、気分転換をしている間にも、常にどうかしなくてはと考えているのだ。
こがねはよくそんなちよりの話を聞いていたが、こうしてアイデアを求められるといつも困ってしまう。
「えーと……少女たちがバーチャル空間でアイドルのパフォーマンスをして戦うとか……?」
「ちょっと~それは今日の朝、テレビでやってたアニメじゃないですか!パクリはダメですよ、パクリは!」
「ちっ、バレたか……」
創作というのは本当に難しい。0から1を生み出す……自分には到底無理だ、とこがねは思う。
「はぁ~役に立たないんですから、こがねさんはぁ~!」
「ぐ、ぐぅ……」
悔しいが、この点においてはこがねも言い返すことができない。
「あーあ。なにかネタになるような出来事が起こらないかなぁぁぁ~たとえば、セレクターバトルみたいな……」
その言葉を聞き――本気で言っているのか?という気持ちで、こがねはちよりを見た。
「本当にそう思うんすか?……勘弁してほしいっす」
あんな想いをしたのに……ちよりが記憶を失ったのも、セレクターバトルのせいなのに――こがねからしてみれば、もう二度と起きてほしくない。
「あ、あははは~まぁそれは冗談としてぇ~」
こがねの本気の圧を感じて、ごまかすちより。しかし、最近実際にちよりはよくカードショップに足を運んでいた。
「じゃあなんで、またカードショップに通い始めたんすか?」
「そ、それは~……フツーにウィクロスを楽しんでるだけっていうかぁ……」
そう言うちよりの目は泳いでいる。
こがねは飲んでいたカフェラテのグラスをテーブルに置き、1トーン低い声で忠告をする。
「ショップに行くのはいいっすけど、危険なことには首を突っ込まないでくださいよ」
「わ、わかってますしーっ!」
――絶対にわかっていない。
もうセレクターバトルは行われていない……ならばただのカードショップで危険なことなど起こるはずはないが、どうしてもこがねは心配だった。向こう見ずなちよりが、またなにかに巻き込まれたら……そう考えると恐ろしいのだ。
「そんなに言うなら、こがねさんも一緒に来たらいいじゃないですかぁ!最近よくバトルしている友達とかも紹介しますし!」
「へぇ、あんたに新しい友達がねぇ~」
こがねはかつてのちよりを思い出し、ニヤニヤしている。自分から話しかけることが苦手で、今でも友人はそんなに多くないはずだ。
「な、なんですかその顔はぁ……いつまでも昔のままだと思ったら大間違いですから!」
「どうですかね~」
「むきー!」
本当にこれが成人女性のとる反応なのかと思いつつ、感情の表現が大きいままなのはちよりのいいとところでもある――ということにしておいてあげよう。普通、大人になればなるほど、そうはいかないものだとこがねは常々感心しているのだ。
「まぁ、たしかにひさしぶりにウィクロスに興じるというのも、いいかもしれませんな~」
「でしょでしょー!」
「タイミングがあえば、チビたちを連れてっていうのもありだし……って、そう言えば、あそこもうそろそろ閉店するんじゃなかったっすか?」
「あ、そうだった……」
ちよりにとって、憩いの場所がなくなるのは、正直困る。スランプのとき――最近はだいたいそうだが――あのショップへ行ってバトルをすると、頭がすっきりする。
書けないからといって、自室にこもってPCとにらめっこしていても、たいしたものは生まれない。ウィクロスをしたり、仲のいい友人とお茶をしたり、気分転換が重要。そうしているうちに、いいアイデアやネタが思い浮かんだり……思い浮かばなかったりする。
「……はぁ。もうダメだ……」
「大人しくデスクに向かえってことっすね~」
「今度からはデッキを持って、こがねさんち行くしかないですしぃ……」
「げぇ!?来るな来るな!」
「なんでですかぁ~!みんなでウィクロスするのは賛成したのに!」
「ウィクロスはいいけど、あんたに家に入り浸られるのはいやってこと!」
「このぉ~~薄情者ぉ~~~!!」
そんなやりとりをしているうちに、またちよりの電話が鳴る。
こがねに促されて、いやいや電話に出ると、「今どこにいるんですか!?」という担当の声。原稿の進捗を確認しにちよりの家に行ったところ、いないようだったので電話をしたということだ。
「いや~えっと~……今はちょっと情報収集中で……」
しどろもどろに答えていると、ちょうどカフェの前を通った担当と目が合う――。
「あ……」
窓際の席にしたことが、裏目に出た。ちよりはそのまま、担当に引きずられるように連れて行かれた。ちよりは担当に見放されているように話していたが、やはりそんなことはないようだ。
こがねはふたりの姿を見送りながら、『がんばれよ~』と心の中でつぶやくのだった。
――その夜。
カタカタカタ。
ちよりの執筆部屋に、キーボードの音が響く。
小説を書き進めている――のではなく、見ているのはSNSの検索画面。
『一発屋』『新しさがない』『最近つまらない』――そこにあるのは自分や自分の作品を貶める、言葉の数々……。
「くっそぉ~!好き勝手言ってくれちゃってぇぇぇ~!くそっくそぉっ!!こんな、なにもわかってないやつらにぃ~~!!」
バンバンバン!
デスクを叩いて、その鬱憤を晴らす。検索などしなければいいと思いつつも、ついなにを言われているのか気になってしまう――。そしていつも自ら首を絞める結果になる。
「うるさい!バカバカー!!…………はぁ」
ひと通り暴れたあと、虚しさから大きなため息が出た。
「そんなの……自分でもわかっていますし」
このままではだめなことぐらい、自分が一番感じていることなのだ。
「はやく、人気が出るやつ書かないと……」
焦燥感が、ちよりを追い立てる――。