【第4話】
THE ROAD 後編――数日後、WIXOSS LAND。
ルリグとDIVAが入り交じってバトルを楽しむ姿があった。
その後も扉は見当たらず、移動したのではなく消失したと判断された。今ではもう、バトルをすることが何かの犠牲になることはない。思う存分に、純粋な気持ちでバトルができる。
そして、この騒動を経て新たに得たもののひとつ――。
「む、夢限少女……!?」
「えっ、む、夢限少女って、あの夢限少女!?」
ピルルクとユヅキが揃って声を上げた。聞き慣れ――しかし不穏なその単語に思わず身構える。
「そう! あの夢限少女だよ!」
ふたりが驚いている真の理由を知る由もなく、ヒラナが誇らしげに紹介をする。すると、それにアザエラが笑顔で応えた。
「はじめまして、夢限少女のアザエラです。今回の件は、みんなWIXOSS LANDのためにありがとう」
「……」
どういうことなのか理解が追いつかずにフリーズするピルルクとユヅキ。
「あら、どうかしたの?」
「ふっふっふ。きっと、大スターである夢限少女本人に会えて感激しちゃってるんだと思いますよ~! 何たって、全DIVAの憧れなんですからっ!」
「大スター……」
そう言われ、何となく予想がついてくる。
「っていうか、そもそもピルルク達は別の世界から来ていて、DIVAじゃないじゃない」
「アザエラさんが所属していた夢限少女は、かつてバトルもパフォーマンスも最強だったDIVAユニットで、私達みんなの憧れの的な存在なんだよ」
レイが冷静につっこみを入れると、アキノも追って説明してくれた。
「なるほど、ユニット名が『夢限少女』なのね……」
「そうそう! あれ、でもさっき知ってるって……」
「い、いや! 勘違いだったみたい、気にしないで……ねぇ、ピルルク!?」
「え、ええ……!」
『夢限少女』が自分たちの世界の概念とは異なっていることに、ピルルクとユヅキは安心した。ルールは違えど、同じ『WIXOSS』というカードゲームを扱う世界だ。共有の単語があってもおかしくはないのかもしれない。
少なくとも、アザエラから悪い雰囲気は感じない。
「WIXOSS LANDでの日々はどう? 心細い上に、色々なことに巻き込んでしまって……でも本当は楽しくていいところなの。嫌にならないでいてくれると嬉しいわ」
こちらのことも気遣ってくれている。
「はい。ヒラナ達も仲良くしてくれますし……心配はありますが、今はもう少しここでの生活を前向きに考えたいと思っています」
そう言うピルルクに、嬉しそうなアザエラ。ヒラナ達も顔を見合わせては、笑顔になる。
「ひとつ困っていることと言えば……」
ユヅキが別の場所でバトルをしているルリグ達に目をやった。
「……バトル後のパフォーマンスにまだ恥ずかしさがあるのか、イマイチうまくいかないんですよね」
「……ふふ。なるほどね」
DIVAはもともとそのつもりで参加しているが、ルリグ達は大勢の前で戦うこと、ましてや歌やパフォーマンスを披露することなど、想定していたわけがない。
そこにまだ戸惑いがある者も多いのだ。
するとアザエラは、思いがけない提案を持ち掛けた。
「だったら……良ければ私が少しコーチしましょうか?」
「えっ!? いいんですか!? じゃああっちにいるみんなも……」
「もちろん。みんな呼んでいらっしゃい」
ユヅキが走って行くと、急な展開にヒラナが騒ぎ出す。
「えっ、待って待って、ずるいー! 私達も参加したいぃ~~~!」
「ふふ。だーめ。これはルリグちゃん達のための特別待遇です♪」
「「「えええ~~~!!」」」
これにはさすがのレイもアキノも、一緒になって悲しまざるを得ない……。
――こういった、いい意味で騒がしい雰囲気なのは、久しぶりのように感じる。ピルルク自身は、元の世界に帰るためにDIVA達と戦うことを心に決め、覚悟を持ってバトルしていたつもりだ。そうしなければ、自分達が犠牲になる可能性だってあった。
しかし、やはりそんな状況を心苦しく思っている者がいたのも事実で、全身全霊でバトルしていたとは言えない。だからこそ、あのまま誤った扉の鍵になるマスターピースを生み出さずに済んだとも言えるのだが……。
結果的に、元の世界に戻るということは叶わなかったのもの、『扉』を目指すという確実な目標が判明した。
今は純粋にバトルを楽しみ、『扉』へと続く“願いの力”を溜めていけばいいのだ。
「ピルルク? あなたは行かなくていいの?」
ヒラナが顔を覗き込んで来た。少し考えすぎていたようだ。
「あ、そうね。私も行く――」
一歩踏み出したところで、ピルルクはヒラナ達に言いたいことがあったことを思い出し、止まる。
「……?」
「あの……自分達のためとは言え、WIXOSS LANDを――あなたたちの大切な世界を壊すという選択をして……ごめんなさい。謝って済むことではないと思うのだけど――」
目を丸くして、驚いた様子でピルルクの言葉を聞いていたヒラナ達は、一瞬の間のあと、笑顔になった。
「なぁんだそんなこと! そんなの全然気にしてないよ!」
「ええ。ピルルク達にとってはそれしかなかったのだし、仕方ないわ」
「うんうん。これからも仲良くしてね!」
「あなた達……」
DIVAは皆優しくて、強い――。ピルルクはもう当たり前に知っていたことを、改めて実感した気がした。
「ええ。ありがとう――」
これからは、あの扉を消滅させた時のように、心をひとつにして『扉』を目指す。かつての仲間達と――そして彼女達と一緒なら、きっと大丈夫だ。ピルルクは心からそう思った。
――タマゴ博士の研究室。
「さてさてさて」
ノヴァの淹れたお茶をすすりながら、タマゴ博士はひと息つく。
「一旦は事態が終息したようだけど。さらに新たな真実が判明したわけで……そうゆっくりはしていられなさそうだね」
「おやつを食べている時間もなさそうですね」
「……それはある」
「そうですか」
「そもそも脳を使えばカロリーを消費するし、心身共に負荷もかかる。それを補うためにはおいしいお菓子が……」
「はいはい、もう何回も聞いていますので説明は大丈夫ですよ」
お菓子を食べるタマゴ博士とノヴァの向かい側で、タブレットの中のバンが首をかしげている。
『ウムルとタウィル――複数の世界を俯瞰して見る者の存在など、本当なのでしょうか』
これがデータ世界だけの出来事なら、いくつもの並行世界をプログラミングした者が“俯瞰して見ている”と言えないこともない――。
『例えば私が、3つの世界をプログラムで構成して生み出したとしたら……。各世界の住人は他の世界を把握できませんが、私自身は把握していますし、かつそこに干渉することも可能です』
「うーん、そうだね。ただルリグは、元の世界ではデータではなく、しっかり実在している――。まぁ“そう思っている”だけ、かもしれないけどね」
「もはや陰謀論の域ですね」
「キミの厨二病の血が騒ぐかい?」
「……やめてください。ただ、仲良くはなれそうです」
『むしろ、精神がデータ化されてこっちに来ているとした際に、元の世界の本人がどうなっているのかが心配です』
様々なデータや事例を調べているバンは、珍しくタマゴ博士とバンのやり取りに対して上の空だ。
「それを思うと、なるべく早く帰りたいと思うのは当然だね。ピルルク達が焦るのも無理はない」
タマゴ博士はモニターを操作し、ここ最近の出来事をまとめ始める。
ルリグの来訪、エリアの融合、アンノウンの発生、扉の出現、世界を俯瞰する者からの通信――。
「どこまでが自然発生で、どこからが何者かによって企てられたことなのか――それさえも怪しくなってきた。もう一度ウムルとタウィルと話せたらいいんだけどなぁ……」
「こちらからアプローチする方法が分かりませんね……」
願えば繋がる――のであれば良いのだが、そう簡単にはいかないようだった。
「他にも――こっちからルリグの世界に行くことができるのか、“WIXOSS”というゲームの存在の謎、黒幕の正体――突き止めたいことがありすぎる」
モニターに映るWIXOSS LANDは、かつての平和そのもの。その上、異世界のルリグとDIVAがお互いに切磋琢磨している。とても微笑ましい状況だ。
「ボク達も『扉』のためにバトルはするけど、調査と研究も手を止めていられないね」
タマゴ博士は白衣のポケットに両手を突っ込み、立ち上がるのだった。
「はぁ――何とか事態は収まったみたいなのじゃ」
WIXOSS LANDの様子を把握したウムルは、安堵のため息をついた。
「ずいぶんと進んだ世界じゃった。“あそこ”からはいわゆる未来なんじゃな。過去、現在、未来……それぞれは本来そこに居る人間の概念でしか無い。至っては現在と呼べるものは刹那で過去となる――」
「うむるがまたなにかひとりでいってるの」
よく分からない、という表情のタウィルに向かってウムルは続ける。
「タウィルよ、ワシらは、“アト”と共に動いた、その軌跡もたしかにあったのじゃ」
「えなじーどあ」
「うぬ。アトはいわば現在の扉なのじゃ……それぞれの現在を紡ぐ、“扉”。やつは、それぞれの物語を始めるための視点だったんじゃが、思ったより楽しそうだったのと、この世界では形になることのハードルが低かった。想像が現実になる、やつにとってはとてもよい概念じゃな」
「わたしもたのしかったの あんしえんと さぷらいず」
ウムルの手には鍵が光る。
「“傑作”か。この世界においてはそれが鍵だったようじゃ。セレクターを魅せることで“欠片”が集い、かたどられていく。ただ、アトよ。ここに生きる者どもも、寄越された記憶たちも、本来はそれぞれの現在を生きねばならんのじゃよ」
『アト』という呼びかけに応えるかのように、消え入りそうながらも楽しそうな声が聞こえる。
「つギは ……こ …いるね」
タウィルは目を伏せた。
「よぶおとがする ああ また わたしたちは」
鍵が、強く光るつむじ風にのって舞い上がる。
ふたりの姿が、白と黒に変わっていく。そしてウムルは、それが何を意味するのかを理解した。
「巻き戻っておるのか、悩ましいのう。タウィルよ、次の扉はきっと……」
ウムルがタウィルの目を見つめると、タウィルはゆっくりと頷き、言った。
「わたしが あける だから うむる よろしくね」
その表情は穏やかで、それでいて全てを悟ったような熱さを秘める不思議なものだ。
ウムルはまだまだ続いていくであろう、WIXOSSの物語の未来を想う――。
「そうじゃな、開きし者よ。そこに、この世界で起こった超越を平衡にするための鍵があるのじゃろう……退屈せんの」