【第4話】
THE ROAD 前編
仮想空間WIXOSS LAND――。
少し前から謎の扉が出現するようになり、その扉の鍵になると考えられるマスターピースを求め、対立を余儀なくされていた異世界のルリグとDIVA達。さらに事態をかき乱そうとする一部ルリグを加え、それぞれ立場の違う三つ巴のバトルが展開されていた。
しかし、そこに世界を俯瞰して見ているというウムルとタウィルからのメッセージを受け取る。この先どうするのか――再びの選択の時だ。
気付けば、扉が目の前に現れていた。己の行く末がどうなるか、宣告を待つ身のように。
「逃げたり自分から現れたり……何だか扉がわたくしのペットかのような感覚になってきましたわ……」
ムジカがまじまじと扉を見つめるが、だからと言って、じゃれあうわけにもいかない。
「飼うならもっと可愛い動物がいいと思うにゃ……」
LIONが若干引いている……。
「ちょうどいいわ。どうするにしても実物があった方が早いもの」
ムジカ達のやりとりを尻目に、ピルルクが話し合いを始めた。
少し考えたあと、レイが最初に口を開く。
「私達はもともと扉を開けないという選択だった……扉を開けることが全ての崩壊に繋がるのなら、余計にスタンスを変える気はないわ」
「みんなが元の世界に帰れる可能性があった頃とは違って……もう開けてもそれが叶うことはないことが分かったんだもんね……」
続けて発言をしたアキノは、自分が悪いわけではないのに、その事実に対してどこか申し訳なく感じているようだ。
「しかも今の扉は良くない扉なんでしょ? 頑張ってマスターピースを出現させても、それは誰か分からないけど黒幕の意志に影響されてて……そいつの思うがままになるっていうのもムカつくよね!」
そう言うヒラナからは目に見えぬ黒幕への対抗心が見て取れる。
「こうなったら敵対している場合じゃないのにゃ……!」
「ええ。再び皆が手を取り合うべきかと……!」
扉から話し合いに意識を移したLIONやムジカも、同じ気持ちだ。
一瞬の間――。
そのあと、ユヅキが下を見ていた顔を上げる。
「分かった」
やっと元の世界に帰れるかもしれないと思っていたルリグ達にとって、ウムルとタウィルからの言葉は希望を絶つショッキングなものだった。それと同時に、今度こそ道が示されたのも事実だ。
「やっぱり内心、自分達のためにこの世界を壊すことになるのは心苦しかったんだ。むしろこうなった方が、迷いがなくなっていいよ」
「うん……私達の迷いが、ウムルとタウィルに届いちゃったのかもしれないね」
ユヅキに続いて、メルも困ったように笑う。
「だけど念のため、他の仲間達にも伝えて同意を得ておきたい。特に帰りたがっているタマや――」
リルがそう言おうとした時、後ろから叫ぶ声が聞こえた。
「タマ、だいじょうぶだよ!」
そこには曇りのない表情で立っているタマがいた。
「るうには会いたい。けど、もうヒラナ達もタマのなかまだもん……! ヒラナ達がかなしいの、タマやだもん!」
「タマちゃん……!」
感激したヒラナは、駆け寄ってタマを抱きしめる。
「あ、う……ヒラナ……くるしい……」
気付けば、タマの後ろには他のルリグ達も集まっていた。みんな事態は既に把握している様子だ。
「問題はなさそうね」
ピルルクがその場をまとめるように、DIVAとルリグ達の顔を見回した。
「今まではとにかく元の世界へ帰る方法を探していたけれど、今回のことで“誰かよからぬ者”という黒幕がいることが分かった以上……それを放置しておくのも気持ちが悪いわ」
その正体や目的を解明しなければ、また何か事件に巻き込まれる可能性もある。元の世界に帰るだけでは、根本の解決にはならないかもしれないのだ。
「全て明らかにして、その上で正しい『扉』を求めるのが最適だと思うの。そうすれば、きっと何のしがらみもなく、終息するはずよ」
「異議なし」
緑子が胸の前で小さく片手を挙げた。
「私も」
花代も腕を組みながら、軽く首をかしげて同意の合図をする。
「それで――」
ピルルクが一呼吸置いて、近くの建物の屋上に目をやった。
「カーニバル、あなた達はどうするの?」
リルとメルも、近くにいるウリス達を警戒する。
「……まだ少し己の身が可愛いくてね。扉と共に消え去るのはゴメンだというところかな。ウリス――アンタもまだ十分には楽しんでいないだろう?」
「……ふん」
カーニバルに話を振られたウリスは同意も否定もせず、顔を背けた。しかし、反論をしないのだから、つまりは“そういうこと”だろう。
「――という訳で、また次のおもちゃを探すことにするよ」
そう言い、カーニバルはその場所から姿を消した。気付けばウリス達もいなくなっている。
これで無理やりに扉を破壊される心配もなくなった。
この場にいる者達は、“扉を開けない”という意志に統一されたということになる。
「このままバトルをせずにいれば、マスターピースの鍵は発生しないから、つまり扉は開かない……そういうことでいいんだよね?」
ヒラナがピルルクに確認をした。“どうしたいか”はまとまったが、実際に“どう行動したらいいか”は具体的に示されているわけではない。
「そうね……それはそういう解釈でいいと思うわ。ただ、そのあとはどうしたらいいのか……」
「んも~ウムルとタウィルはどうしてそこまで教えてくれなかったの~?」
「まぁまぁヒラナちゃん。ふたりも通信に制限がありそうだったし、時間も短かったし……私達でどうするか考えてみよう?」
アキノがフォローを入れ、改めて事象をまとめることにした。
扉を開くことでピルルク達が元の世界に帰れるとしても、それは正しい扉――『扉』でなくてはならない。そしてその鍵となるのは、願いがこもった熱いバトルによって生み出されるマスターピース。今の“誰かよからぬ者”の意志が込められた扉が出現した状態でバトルを続けても、その扉を開けるためのマスターピースが出現してしまうだけ――。
「つまり、今の扉を消滅させなければ『扉』を出現させることもできない、ということかしら……?」
「でも、扉を壊すのはダメなんだにゃ……?」
ピルルクの言葉に、LIONが困ったように質問をする。
「ええ。あくまで物理的な破壊ではなく、目に見える存在の消失――。扉が“誰かよからぬ者”の願いによって出現したのなら、反対に、願いによって消えることも可能なのでは……?」
「なるほど……一理あるわね。大きな願いによって、黒幕の願いを打ち消す……」
レイも腕を組んで考えるが、ここ最近のWIXOSS LANDでの出来事を思えば、あり得ないことではない。むしろ説得力さえある。ディソナエリアの形成、アンノウンの出現、そしてウムルとタウィルからの通信も……全て願いの力だった――。
「つまり、私達が気持ちをひとつにして、大きな願いを込めれば――」
ヒラナの言葉に、一同が頷き、お互いに目を合わせた。
「やってみる!」
そう言って、タマが隣にいるヒラナとピルルクの手を握ると、そこからまた隣へ隣へと手が繋がれていく。
扉を中心に何重もの輪を作る、本来別の世界に住むルリグとDIVA。眼を閉じ、同じ願いに想いを馳せる。――彼女達は今、紛れもない仲間同士だ。
【――この扉を消滅させる――】
数秒後――扉の周りにノイズが走り始める。
もっと強く、深く――願いを重ねる――。
ジジ――ジジジ――。
明らかにノイズが大きくなり、扉と空間の境界線が歪む。マス目がずれたパズルゲームのように、どんどん元の形を失っていく。
やがて「ブンッ」という音とともに、扉の姿が消えた。
ヒラナが恐る恐る目を開けて確認すると、先ほどまで目の前にあった扉は、確かになくなっている。
「ま、また別の場所に移動しただけ……とかじゃないよね?」
「……今までこんな短時間で移動したのは見たことがないし……それに、扉が出現して以降不安定だった空間が落ち着いているように見えるわ」
ピルルクが辺りの様子を見回して確認する。
「ずっと色んな場所にノイズが走っていたものね。それは確かにおさまっているみたい」
そうレイの言う通り、ここ最近のWIXOSS LANDはノイズが起こっているのが通常で、運営が原因を追究しているもののずっと解決していなかった。
しかし発生し始めたタイミングと扉の出現が同時期だったため、扉の存在によってバグが起こっていたと予測することはできる。
そして実際に扉が消え、ノイズもおさまったということは、そこに繋がりがあったということだろう。
「タマ、ちゃんとできた?」
「できた、できたよ~~!」
タマとヒラナが再び手を取り合って喜んでいる。
「愛着が湧いていただけに、少し寂しい気もしてしまいますわね」
「そ、そうかなぁ~あはは……」
ムジカの言葉に、思わず苦笑いで返してしまうアキノ。
「まったく……」
ピルルクが小さくため息をつき、続けた。
「扉が恋しいのなら、次は私達の手で正しい『扉』を出現させればいいのよ」
いつも通り厳しい言葉が返って来るのかと思いきや、呆れた顔をしつつも小さく微笑むピルルク。その笑顔に、やっと事が終息したのだと安心する一同だった。
そして、そんな和やかな雰囲気の中に、やや興奮した声が響く。
「あれれっ、 みなさんお揃いでどうしたんすか!? それに何だか、晴れやかな表情しちゃって――」
機嫌の良さそうなエルドラだった。
「……エルドラ、何で今――」
せっかく今、全て解決して万々歳というところだったのに……と、ユヅキが肩をすくめた。
「何でって、よくぞ聞いてくれました!」
事態を把握していないエルドラが、得意気に話し出す。
「ひとり修行をしていたら、めちゃめちゃ強い力を手に入れたんすよっ!しかも見てください!なんだかよくわからないんすけど、急に見た目も変わっちゃったんっすよっ! それで、みなさんにも伝えるべく、急いでやって来たってわけです!」
「そう言えば、修行するって言ってたっけ……」
緑子は少し前にエルドラとそう話したことを思い出した。そこから単独行動をしていたエルドラは、ウムルとタウィルの声が聞こえないところにいたようだ。
そして、彼女が気づかないうちに扉の影響でパワーアップをしていたようだ。
何故かエルドラの目を見て話すのがつらい――。ユヅキはエルドラの肩に手を置いた。
「エルドラ……もう、終わったから大丈夫。うん……」
そう言ってその場から立ち去っていく。
「えっ、ちょっ――終わったって、どういうことですか!? あの、えっ、ちょっと~!?」
他のルリグやDIVA達の背中を見ながら、状況に戸惑うエルドラ。
「――事件は、もう解決した……そういうことっすかね……?」
辺りを見回し、何となく温かい空気を感じ取る。
そうして自分も立ち去ろうと一歩を踏み出したところで、ふと、背後から何か聞こえたような気がして振り向いた。しかし、そこには誰もいない――。
「ん?誰かの……声――?」