【第2話】
THE BATTLE 前編
「”あの”ウリスが、この世界では随分と楽しそうにしているじゃないか」
カツカツとヒールを鳴らしながら、カーニバルがウリス達のたまり場にやってきた。
最近、仮想空間WIXOSS LANDではウリスの人気が急上昇中で、ファンを名乗るセレクターが大勢いる。
誰かが撮影した動画が拡散され、ウリスが出場するDIVAバトルの回は毎回満員御礼状態だ。もちろん、それは本人が求めているものではなく、ウリスはいまだにそうなった原因を作ったナナシを許してはいない。
「そうなんです! ファンサするウリスさんは、それはもう最高なんですよ」
カーニバルの言葉には返事をせずにただ睨みつけるだけだったウリスが、ナナシの言葉に溜め息をついて答えた。
「誰が何してるって? 」
「あら、違いましたか?」
にこにこしながら話すナナシには何を言っても無駄だということを、絡みの中でウリスは学んでいた。
会話するのをやめ、顔を背ける。
しかし、そんな態度を取られようが動じないのも、またナナシという人物である。
「カーニバルさんは、何か私達にご用があったのですか?」
「いや、ただの散歩だよ」
「そうでしたか。ではちょうどいい所に散歩に来てくださいましたわ」
「……と言うと?」
「少し面白いお話を耳にしたんですの」
ナナシは『現実世界に続く扉』の話を一同に話した。
「マスターピースで扉を開ければ、元の世界に帰れるということなんですか!?」
先ほどまで、一触即発しそうな3人のやりとりをチラチラと目の端で捉えながら占いをしていたリメンバが驚きの声を上げる。
「それは清衣ちゃんが喜びそうな話です!」
「実際に、みなさんで協力してマスターピースを手に入れようと決めたようですわ」
「なるほどねぇ」
腕を組んでナナシの話を聞いていたカーニバルは、興味深そうな反応を示した。
「マスターピースがどうとかいう話は、本当だったというわけか」
「あら、ご存知でしたの?」
「まぁ、少しね」
カーニバルは肩をすくめた。
「それで、今度は何を企んでるのよ」
お前がそんな話をするからには、とウリスが先を促す。
「企むだなんて、相変わらず人聞きが悪いですわ、ウリスさん」
「ふん、自業自得ね」
「まぁ、ただ少し……希望を感じているみなさんの道を閉ざしてしまったら、どうなるのかなと興味が湧いてしまっただけなのです……!」
「もしかして、お仕置きされてしまうかも……!」と光悦した表情で、仰々しく演技するように話すナナシ。リメンバは『この人はどうしてこんなにもややこしい性格になってしまったのか』と内心恐ろしくなった。――絶対に敵に回さないようにしたい。
「あんた、なかなかいいセンスしているじゃないか」
「お褒めにあずかり光栄ですわ」
カーニバルは面白くなりそうな予感に、口角を上げる。
「道を閉ざすって……マスターピースが手に入らないように邪魔をするとかですか?」
そう質問するリメンバに、ナナシが首を振る。
「それじゃあ希望の芽を潰すことにはならないと思うんですの。やっぱり元を――扉の存在を破壊してしまわなくては」
カタン。
ウリスが座っていた椅子から立ち上がった。
「本当に、人を貶めるセンスはピカイチね」
興味がなさそうに腕と足を組んでどこかを向いていたが、耳はナナシの話を聞いていたらしい。
「その扉を壊したら――あの子達、さぞ絶望するに違いないわ」
「な、なるほど。……ちなみになんですけど、みなさんは元の世界に戻れなくてもいいってことですか? ね、念のため聞いてみただけですがっ!」
3人の機嫌を損ねないように気にしながら、リメンバが聞いた。今まで大した情報もなかったところから、やっと現実味のありそうな話が出てきた。扉を壊したら、自分達があちらに戻る方法も失うということなのだ。
「愚問ね。面白いことがあるのなら、世界なんてどこでもいいわ」
「希望を失った善人の顔が見られるんだろう?」
「大人しく帰るのと、邪魔して遊ぶのと、どちらがより楽しめるかっていうことですわね」
恐らくこの人達の感性は、『普通』ではないのだ。何よりも自分の快楽に執着している。
「あなたは元の世界に帰りたい派なのですか?」
ナナシが聞き返した。
「――いえ、私は清衣ちゃんがいるところなら、どこでもいいです。誰もいなくて、何もない――真っ暗闇の中、たったひとりで過ごすことに比べたら……」
「それは……どういうことですの?」
「い、いえっ! 忘れてください……!」
「そうですか? まぁ、何でもいいのですけれど」
お互いの事情や過去などはどうでもいい――ただ今この時を楽しむために、彼女達は協力関係を結ぶ。
“マスターピースは想いのこもった熱いDIVAバトルによって手に入る”――という情報のもとに、以前からずっとバトルをしてきているピルルク達。しかしいくら扉が現れたとはいえ、マスターピースの入手方法が本当にそれで正しいのか定かではない。
ただ、ここ数日で、明らかに変化していることがあった。新しいシグニが、どんどん強くなってきているのである。
このシグニ達は、ディソナの混乱の際にDIVAやルリグの想いから実体化したもの。その場に存在する想いの強さに影響されて力を増していると考えるのは、不自然ではない。
恐らくマスターピースの出現もそう遠くはない――それがタマゴ博士の見立てだった。
ヒラナ達DIVAは、WIXOSS LANDを崩壊させないために、自分達ルリグよりも早くマスターピースを手に入れようと動いてくる。
熱いバトルをするためには、DIVAバトルに対する深い知識も必要だろう。この世界に滞在する間、DIVAバトルの数もある程度こなしてきてはいるが、知識となるとやはりDIVA達の方が有利だ。いざというときの展開の仕方や、勝つための戦略など、無知ではどうしようも太刀打ちできない。“知識の差”が“想いの差”にもなり、それがバトルの熱さにも差を生む可能性は十分にある。
セレクターバトルでは、セレクターとの信頼関係が重要であり、デッキや流れを考えるのも主にはセレクターだった。しかしDIVAバトルでは3人1組になって戦略や構成を決め、グロウをするのも攻撃をするのも自分達で考えなくてはならない。
同じ『WIXOSS』でも前提が違うのだから、今までと同じ感覚ではいけないのだ。意識の改善、統一も必要である。
そこでピルルクは、改めてみんなでカードの勉強やデッキの相談をする機会を設け、開催されているDIVAバトルの観戦も積極的に行うように促した。
バトルが好き、バトルがしたいという本能に沿うと、座学は決して楽なものではない。しかし、元の世界に戻るためだ。必死に頑張るタマの姿に感化され、ルリグ達はどんどんDIVAバトルの知識を吸収していく。
そして実際に、得た力を存分に発揮し、観衆であるセレクターも大盛り上がりのバトルを繰り広げていくのだった。
「ピルルクさん達、とても頑張っているようですわね……」
ムジカは、努力をしているルリグの姿を目の当たりにして、どうすればいいのか分からなくなっていた。DIAGRAMの3人は、カフェでお茶をしながら考え込んでいた。
「でも、彼女達が扉を開けてしまったら……」
ムジカが悩む気持ちは分かるが、だからと言って解決方法がないのである。マドカはうつむいた。
「誰かの願いを叶えたら、誰かの願いが壊れるなんて。惨い話だ……」
サンガはこのどうしようもない事実に嘆くことしかできない。
「本当にWIXOSS LANDを崩壊させずに、元の世界に帰してあげられる方法はないのかしら――」
胸に手を当てて、ムジカがそう言った時――。
突然横の空間にひと握り位の大きさの光の球のようなものが現れた。
「何ですの!?」
その光はだんだんと広がっていき、人ひとり程度の大きさになった。
眩しさで直視することはできないが、光の中に何者かの存在を感じる。
「誰か……いる?」
「マドカ、むやみに近づかない方が……!」
「ウリス、あったよ――扉」
ハナレがウリスの方に振り返り、特に驚いた様子もなく淡々と報告をした。
WIXOSS LANDに来てからというもの、だんだんと有名になっていくウリスのことを実は密かに応援していたハナレ。ひょんなことから本人に知られてしまい、ついに先日捕獲されてしまった。
「探し求めている物を発見したのだから、もう少し喜びなさいよ」
「でもこれ、突然目の前に現れたから……少しびっくりしちゃって」
「……今のはびっくりもしてなかったように思うけど」
そしてもう一人――新たに行動を共にする人物、グズ子 が扉の前に立った。
「ふあぁぁ……これが噂の扉――。見た感じ、ただの扉ですけど……ウリスさんは何か感じますか?」
「そうね……言われてみれば何となく。しかもこの扉、触れようとすると力が流れ込んでくるような……」
ウリスは訝しげにしている。
「あの……カーニバルさんは扉が出てから、自分の中の何かが揺らぐ感覚……違和感があるって言ってましたぁ……」
そう言ってグズ子が後ろを振り向くと、ニヤついたカーニバルが腕を組んで立っている。
「この違和感を覚え始めたタイミングと、扉が出現したタイミングが同じだからな。コイツが関与している可能性は高いだろう?」
カーニバルの言葉を聞き、改めて扉に向き直るグズ子。その存在を確かめるように、そっと扉に触れる――。
「――ひぃ! やっぱりなんだか危ない感じがします……」
「ほぅ……この扉から流れてくる力、俺達の持つ力に干渉しようとしているじゃないか。面白い」
“おもちゃ”を与えられて喜ぶカーニバルのすごみに、グズ子は思わず息を呑んだ。気安く触れれば、こちらが燃えて灰になってしまいそうだ。
「それで、この扉を壊してしまえば――誰の願いも叶わなくなる、とね」
そう言ってニヤけたカーニバルは、扉をまじまじと見つめる。
次の瞬間、後ろから声が張り上がった。
「ちょっと待つにゃ! 今何て言ったにゃ!?」
カーニバル達が振り向くと、Card Jockeyの3人がいた。
「おや、LION。この間ぶりだね、元気にしていたかい?」
「にゃーはいつでも元気だにゃ! そんなことより……何をしようとしていたのにゃ!?」
「何って……この扉を壊そうと思ってね」
「どうしてそんなことを……!」
「許さない、許されない!」
LIONに続き、LOVITとWOLFが扉とカーニバルの間に入り込み、止めようとする。
3人はミカエラからの連絡のあと、ヒラナ達と合流し、今回の話を全て共有してもらっていた。
別の世界から来たルリグ達は扉を開けようとしていると聞いていたのに、ここにいるカーニバル達は壊すと言っている。一瞬、『開けないのなら構わないのでは?』とも思ったが、壊したら壊したで何にどう影響が出るのかは定かではない。ここは止めておいた方がいいように思う。
「止めようとするっていうことは、覚悟はできているんだろうね?」
カーニバルは扉に手を触れる。すると、その手の部分から空気が渦巻くようにうごめき、今まで見たことのない姿に変化した。
「ほう……やはりあの扉で存在の揺らぎが……。しかし俺ならこんな操作どうともない。新しい力、試してみようか――」
そう言うカーニバルの姿は、『赤色』でも『黒色』でもなく『緑色』をしている。
「……! どうして急に姿が変わったのにゃ!?」
「ただでさえ手強い相手なのに、そんな……」
LION達はカーニバルに勝つためにはどうしたらいいのかと、表情を険しくする。
「くっ……」
その時、3人の前に小さな光の球が現れた。光はどんどんと大きくなり、そして収まる。
「これではあなた達に荷が重すぎるわね」
光の中から現れた人物――背中に天使のような羽を携えたDIVAがそう言った。
「ミカP……いや、ミカエラ――!?」
「ほ、本物……?」
「何だか知らないけど、助っ人かい? いいじゃないか」
カーニバルが目を細め、口角を上げる。
「まぁ、どうせ私に壊される運命だけどな――オープン!」