【第1話】

THE DOOR 序章 後編

ミカエラは自室でWIXOSS LANDの現状を把握し、どう対処すべきかを考えていた。

ついに、また『扉』が出現してしまった。あの時――アザエラとガブリエラと一緒に見た『扉』。
しかし、とあることからマスターピースを使って鍵を開けることでWIXOSS LANDを崩壊させてしまうと知り、それを“開けない”選択をした。あれ以降、万が一また扉が現れた場合に備えてマスターピースを追い求めていた。よからぬ者の手に渡らぬように、扉を開けられないように、自分の元に置いておくのが一番安全だと考えたからだ。

No Limitが『TAKE A CHANCE DIVA』で見せたマスターピースの光――彼女達が今一番願いの近くにいるのだとしたら、このまま行けば扉を開けられてしまう可能性がある。アザエラはあの子達を信頼し、気に入っているようだが、欲の前で人間がどんな行動をするかなど分かるものではない。

自分の愛するDIVAバトルを――WIXOSS LANDを守るために、彼女達にマスターピースを与えてはいけない。

ミカエラは2組のチームに連絡を入れた。

「……にゃーちゃん、ミカP何だって?」
LOVITがLIONの顔を覗き込んだ。

「それが……“マスターピースを手に入れろ”って」

「マスターピース……カーニバルやルリグ達が言ってたやつだよね?」

「そうだと思う……」

「マスターピース、What is this?」
WOLFが首をひねって考える。

単語自体は聞いていたが、実際にそれが何なのかということは三人共知らなかった。

「よく分かんないけど、とにかく熱いDIVAバトルをすることで手に入るものみたいだにゃ」
「バトルをするだけ……?」
「うん……。ミカP、何だかかなり切羽詰まった感じだったにゃ……No Limitに先を越されないようにって、同じことをD・X・Mにも通達したって言ってたのにゃ」

ミカエラはいつも厳しいが、冷静だ。そんなミカエラが、焦って動揺しているように感じた。その様子から、LIONはこれが本当に重要な連絡なのだと受け取った。結局のところ、抽象的すぎてマスターピースが何なのかは分からないが、とにかくバトルをするしかないようだ。

そう言えば、今日はみんながタマゴ博士に呼び出されたと言っていた。自分達は予定の関係で参加できなかったが、もしかしたらこのことに関係があるのかもしれない。

何だか胸がざわつく。

LIONはミカエルとの通話が切れて、暗くなった端末の画面を見つめた。


タマゴ博士の問いに対して、その場はしばらく沈黙していた。
そこにタマの素直な声が響く。

「た、タマ……るぅのところに帰りたい……っ!」

「タマちゃん……」
そんなタマの言葉に、ヒラナは何と返したらいいのか分からない。

タマがどれだけ元の世界に帰りたがっているのかは、これまでの関わりを通して痛いほど理解していた。それはシグニを生み出すほどの強い願い――。

できることなら、協力してあげたいと心から思う。しかし、それが叶えば、代わりにWIXOSS LANDが……自分達の大切な居場所がなくなってしまう。

「ここまでマスターピースというワードは出ても、元の世界に帰るための具体的な方法までは全く情報がなかった……。正直、このチャンスを逃したくないという気持ちはあるわ」
ピルルクが真剣な面持ちで、ヒラナに視線を向けた。

「もしこれを逃したら、一生帰れなくなる可能性だってある」
ユヅキもピルルクに続いた。

「もちろん、私達のためにこの世界を犠牲にするなんて、できることならしたくはない。だけど……」
リルは申し訳ない気持ちを押し込めながら、これしかないなら――と心を決める。

「それが、君達の“答え”ってことだね」
扉とマスターピースの話を知って、ルリグ達が黙って何もしないわけはない。恐らくそういうスタンスを取るだろうと、タマゴ博士には予想がついていた。

「ちょっと待ってください。わたくし達にそれを受け入れろということですの!?」
ムジカは納得がいかないと、一歩踏み込んで声を荒げた。

「ごめんね……」
メルは目を伏せる。

「そ、そんな……何とか協力できないのかな? タマちゃん達がここに来てから、今まで仲良くしてこれたのに……」
アキノはふたつに分裂しそうなこの状況を、何とかできないかとみんなに問い掛ける。しかし、誰も状況を打開できそうな案を思い付くには至らないようだ。

誰も何も言わない様子を見回し、肩を落とす。

「ここはプログラムによって作られた世界だと聞いたわ。あなた達は実際にここに命があるわけではない。例え壊れてしまったとしても、もう一度作り直せば……」

「ピルルク!」
最後まで言いかけたピルルクを、ユヅキが止める。

「……ごめんなさい。無神経だったわ」

確かにここは実在している世界ではない。しかしここまでDIVAバトルという文化を根付かせ、発展させてきた大切な世界である。仲間や思い出も、たくさんできた場所。だからこそ簡単に、『作り直せばいい』とは思えない。全く同じものは、ふたつとないのだ。

「本当は、何も犠牲にならない他の方法を探してほしい。でも……それがあるかどうかなんて、分からないもんね」
立場を決めなくてはならないのだとヒラナは覚悟を決めた。

タマ達と対立してでも、WIXOSS LANDを失いたくない――。

「ヒラナ、ごめんね。でもタマ……」

「ううん。分かってるよ、タマちゃん。こっちこそ……協力してあげられなくてごめん」
うつむくタマの手を、ヒラナが握る。

「タマちゃん達が元の世界に帰って、大好きな人に会えるように、あたし達みんな願ってるから」

「うん……!」

こうして、扉を開けて元の世界に帰りたいルリグ達と、それを阻止してWIXOSS LANDの崩壊を阻止したいDIVA達――それぞれの異なる立場でマスターピースを求めることとなった。


「博士、どうして対立に繋がるようなことをわざわざ伝えたのですか? 放っておけば、どちらも傷つかずにいられたと思いますが――」
一同が解散した後、ノヴァが尋ねた。

「別に対立させようと思ったわけじゃないよ。ボクはどういう展開になっても良かったんだ」

「その理由は、もしかして……」

「――うん。ボク達の“願い”のための検証を――扉とマスターピースによって本当に、ここのモノが現実世界で実体化できるのかを見ておきたかった。……しかしそれと同時に、確かにWIXOSS LANDが今すぐになくなるというのも困るんだ。それ故、ボクの気持ちだけでは決めかねた――だから、みんなに委ねようと思ったというわけ」

「それは……一番自分本位なのでは――?」

「厳しいことを言うなよ、ノヴァ。ボク達にも譲れない“願い”があるんだ」

「そう……ですね」

タマゴ博士とノヴァはスリープモードになっているタブレットの画面を見つめた。

この先の対立の末、どんな未来が待ち受けているのか――まだ誰にも分からない。

タカラトミーモール