【第1話】

THE DOOR 序章 前編

「……こんなところにそんな扉、あったかしら?」
ピルルクがタマの後ろに視線をやりながら、首をかしげる。

DIVA達に聞いた話では、仮想空間WIXOSS LANDはプログラムによって作られた世界で、現実に質量を持って存在しているものではないらしい。あまり実感の湧かない話ではあるが、つまり何か新しい建築物を作ったり空間を広げたりする際に、わざわざ工事をする必要などないとのことだ。

だとすれば、突然新しい扉が出現していても特段おかしなことではないし、あり得ないことでもない。しかしピルルクはその扉の存在にどこか違和感を覚えた。

WIXOSS LANDは全体的にきらびやかで近代的だ。その中でやや古風な……良く言えばアンティークのような扉が突拍子もなくそこにある。周りの空間がそれを避けているような、もしくはそれが他を退けているような、そんな印象を受ける。

「へんなの! この扉、うしろに何にもないよ!」
扉の裏側を覗き込んだタマがそう言った。

そうだ――そもそも扉とは他の部屋と隔てた壁に設置されているものであって、こうして空間の中に一枚、ただ立っているということ自体がおかしい。

おかしいのに、『確かにこの扉はどこかに繋がっている』――という気がする。異様な存在ではあるが、恐らくその扉としての役割はしっかり担っているのだと直感的に感じる。
それはどこかで……あの『白窓の部屋』で感じたものと似ている。これは、『外の世界』に繋がっている――?

――ガチャガチャ。
危険だ、とピルルクが注意する間もなく、タマがドアノブに手を掛けていた。しかし鍵が掛かっているのか、ノブは回らない。

「……開かない……」
残念そうにしているタマだが、ピルルクと同じ違和感は覚えているはずだ。恐らくこの場にいる全員――ユヅキもその扉を見つめて腕を組んでいる――が同じ感覚を捉えているのだろうと思えた。

「これが何なのか分からないけど、今すぐ何かできるってわけでもなさそうだね」
ユヅキが扉の周りをぐるっと歩きながら肩をすくめた。

「と言っても、放置するのも何か怖い感じがする……」
自分が見張っている――ユヅキがそう言いかけた時、扉は三人の目の前から突如として消えた。

「……!?」
「なくなっちゃった……!」
「どういうこと……?」
見た覚えのない扉が空間にあったかと思えば、それが突然消える――。明らかにおかしな出来事だ。

ピルルク達はお互いに顔を見合わせ、さっきまで扉があった虚空を見つめた――。


街の片隅に「ジジジ……」とノイズが走る。WIXOSSLANDを描く小さな点がモザイクのように揺れる。

「何だか最近こういうの多いよね」
DIVAバトルを終えたヒラナがその揺れの前で足を止め、つぶやいた。

「この前のエリア融合のことと言い、何だか心配だね」
「運営は何とか対応しているようだけど、不安定な状況には変わりなし……か」
アキノとレイもヒラナの隣で立ち止まる。

そして少し目線を上げた。三人の前には揺れの他にもう一つ、おかしなものがあったからだ。

――見知らぬ扉。

「これもバグかな?」
「バトル前に通った時にはなかった……わよね」
アキノとレイが首をかしげる。

「開けてみる……?」
ヒラナが扉に近づき、ノブに手を掛けようとした。

「ついに現れてしまったようだね」
後ろから聞こえた声に反応して手が止まる。

振り返ると、神妙な面持ちのタマゴ博士が立っていた。その言葉と表情から、ただならぬ出来事が起こっているのかもしれないという予感が、ヒラナ達の脳裏をよぎる。

「この扉は……?」
レイが問いかけると、タマゴ博士は扉に向かって歩き、目の前で足を止めた。
そしてそっと扉に触れながら、言う。
「みんなを集めて説明するよ。――ピルルク達、異世界のルリグにも声を掛けてくれ」


タマゴ博士の招集により、No LimitをはじめとするDIVAだけでなく、タマやピルルク達も一同に会することになった。

例の扉は、他にも複数の人物が目にしており、突然どこかに現れてはまた消えるということを繰り返しているらしい。そしてそれは運営によってプログラミングされたものではなく、バグやウイルスの類でもない。自然現象的に起こっているのだという。

しかし、タマゴ博士によってそう説明されたところで「はい、そうですか」とすぐに受け入れられる事象ではない。実際に扉やその出現・消失を見た者にとっても、なかなか信じ難い話だ。

仮にそれが真実だとして、あの扉は一体何なのか――その場にいる全員の疑問に、タマゴ博士がゆっくりと口を開く。

「あれは……マスターピースによって開くことができる、この仮想空間WIXOSS LANDと現実世界を繋げる扉だとボクは考えている」

それは衝撃の言葉だった。

「その『現実世界』っていうのは……?」
ルリグ達みんなが考えていることを、ピルルクがタマゴ博士に問いかける。

「『本来の自分が存在する世界』のことさ」

「それはつまり……あの扉を通れば、私達は本来の自分がいる世界――元の世界に帰れるということ……?」
緊迫した表情のピルルクの言葉に頷くタマゴ博士。
後ろでタマがユヅキの腕に抱き着き、その様子を見守っている。

「そういうことになるね。ただし――」

「ただし……?」
言いたくないことを言わなければならない――そんな表情をしたタマゴ博士が説明を続ける。

「ここ、WIXOSS LANDは崩壊する」

どういうことなのか、理解が追いつかない。あの扉によっていいことも起こり、悪いことも起こるということなのだろうか。

顔を見合わせたり、うつむいたり、ひとり考え込んだり、タマゴ博士のことを見つめたり、反応はまちまちだった。ただ共通して、みんな困惑している。

「順を追って説明するよ」
混乱させてしまうことは、タマゴ博士にも分かっていた。しかしこれは自分の考えで決めることなどできない内容だった。全員が知ったフェアな状態で、選択しなければならない問題なのだ。

「WIXOSS LANDには、まことしやかに囁かれていたふたつの噂があるんだ。『誰にも開けられない扉の噂』と『願いを叶えるマスターピースの噂』――それはまるでおとぎ話のようにDIVAの間で語り継がれてきた。かつて最も夢に近づいたと言われている夢限少女が扉の出現を見たが、その鍵がなく扉は開かなかったらしい。そしてその後はマスターピースを求めていた……。しかしそれ以降、扉の存在を確認できた者は現れておらず、だんだんと信憑性を薄めながら今日まで来た――。このことから、ボクはマスターピースがあの扉を開けることができるのではないかと仮説を立てている。もし本当に『願いを叶えるマスターピース』で扉を開けることができれば……そのマスターピースに込められた“願い”を叶えることができる」
タマゴ博士が全員を見回してから続ける。

「あの扉の出現が確認された時、確かに“どこか”の空間に繋がっているであろうデータを検知した。そしてそれはデジタルの世界ではなく、現実世界と同等と思えるデータだった。つまり、まず扉が現実に繋がっているということを前提に考えると、その扉を“願いを叶える”マスターピースを使って開けるということは何を意味するのか? ボクはこれを、この仮想世界――つまり“願い”の世界のものを現実世界に持ち出すことを可能にするのではないか、と考えたんだ」

「この世界のものを現実世界に……!」
思わずヒラナが驚きの声を上げた。他のメンバー達も目を輝かせている。

「本来、ボク達が現実に戻るにはウィッシュアウトしなくちゃならないわけだけど、この時プログラムによって構成されたものは全て解除される。しかしそれをせずに、扉を通ってそのまま現実世界に入れば、それらが解除されずに実体化するってわけさ」

「そんなことが可能なら、まさに『願いを叶える鍵』ね……」
レイが腕を組んで興味深そうに考える。

「でもそれがどうしてWIXOSS LANDの崩壊に繋がるの……?」
アキノが疑問を投げかけた。ここまでのタマゴ博士の説明を聞く限りでは、希望しかない話のように思う。

「そこが重要なんだけど――」
タマゴ博士がモニターに大小ふたつの球体を表示する。大きな球体の中に、小さな球体がある。

「この大きな方が現実世界、小さい方がWIXOSS LANDだとする。本来は別々の存在――厳密に言えばWIXOSS LANDは、現実世界にあるサーバー上にバーチャルで表現された世界だけど――どちらにしても、それぞれが確立した枠を持つからこそ成り立っている。それが扉によって繋がると……」

ふたつの球体の間に扉の絵が現れ、それを通ってWIXOSS LANDの一部が現実世界の球体の方に流れ込む。均衡が破られ、本来の球体の形を保ってはいられない。

「仮想空間のものを現実化するということは、仮想空間と現実世界が同次元になるということなんだ。だけど、そんなことはあり得ない。つまり、仮想空間はその形を保つことができず、崩壊に繋がるってわけさ」
モニターに映った小さい球体は、完全に大きな球体に飲み込まれて消えてしまっていた。

「その現実世界というのは、私達が住んでいた世界でもあると解釈していいのかしら」
ひとつになった球体を見てから、タマゴ博士の方に向き直ってピルルクが聞いた。

「マスターピースに込められた“願い”が君達のものならば、扉の向こうは君達の世界に繋がっているはずだよ」

「――そう。ただし、そこを私達が通って戻ったら、WIXOSS LANDは消えてなくなる……」
「そういうことになるね」
先ほどまで、元の世界に帰れるかもしれないという希望に胸を弾ませていたルリグ達は目を伏せている。タマもユヅキも緑子も花代もリルもメルも……何も言えない。

「まぁ、あくまでボクの仮説だよ。ただ、こうして噂でしかないと思っていた扉が実際に出現したことを考えると、結構本質を突いているのではないかと思ってはいるけどね」
改めてタマゴ博士がそこにいるひとりひとりの目を見て問いかける。

「そこで、ボク達はどういう行動を取るべきなのか……みんなの意見を聞きたいんだ」

タカラトミーモール