【第2話】

『RTF』~Fesonne(フェゾーネ)!!への道~ Side CHAOS

―『RTF-Road To Fesonne!!- 』ステージ上

「――Bブロックの優勝は、『カオス』です!」

これでAブロック優勝の『No Limit』、特別枠の『デウス・エクス・マキナ』に続き、『カオス』のスペシャルパフォーマンスが決定しました!」

アナウンサーの声に続き、大きな歓声があがる。バトルフィールド上には『カオス』と呼ばれたチームのメンバーが――ナナシとリメンバ、そしてウリスがいた。

笑顔で観客の声に応えるナナシとリメンバとは対照的に、ウリスは腕を組んで不機嫌そうにしている。それもそのはず、ただでさえこういったイベントで注目を浴びることに彼女が喜びを感じるわけなどない上に、聞かされていなかったスペシャルパフォーマンスとやらをしなくてはいけないと知ったところなのだ。


―少し前、仮想空間WIXOSS LAND内某エリア

ディソナでの騒動のあと、エリアの融合が何やらと言って周りが騒がしくなった。

ナナシとリメンバはピルルク達にちょっかいを出していたようだが、ウリスは勝手に起きた事件に特に面白そうだとは感じず、また変な巻き込まれ方をしないようにとひとりで行動していた。

その間はこのWIXOSS LANDと呼ばれる謎の空間を歩いたり、夜な夜なここWIXOSS LANDに「意図せずやって来る」DIVA達を横目で見たりして過ごした。
ここでは、街も人もキラキラしていた――自分とは違って。

この世界の中にひとりでいると、日に日に苛立ちが募ってくる。そろそろバトルに興じたい、そういう気持ちが湧いてきたのは事実だ。

今回のバトルイベント『RTF-Road To Fesonne!!-』の話をナナシが持って来たのは、そんな時だった。

トーナメント式で希望を持ったDIVAをボコボコにできる、たった1回の失敗で敗退が決まり絶望するDIVAを見ることができる。ナナシはそう言った。

それを聞き、現状に飽き、そして快楽に飢えていたウリスの心はほんの少し揺らいだ。

どうせひとりでは戦えない。またナナシ達と組んでDIVAバトルをしてもいいのかもしれない、と。

しかし、やはりそれは避けるべきだとすぐに思い直す。なんせ、前回あんなにも振り回されたのだ。同じ轍を踏みたくはない。

「また一緒に組む気は……」
そう言いかけた時、ナナシが微笑んだ。

「もう前回と同じメンバーで『カオス』としてエントリーしてしまいましたわぁ」
――そうだ、こいつはこういう奴だった。
ウリスは大きなため息をつき、諦めた。

正直ナナシとやり合う方が面倒くさい。イベントに出るといってもただバトルをすればいいのだから、問題もない。暇潰しにはなるし、途中で飽きたら放棄すればいいだけのこと。ここで言い合う必要などない。

ナナシの後ろで様子を伺っていたリメンバは、「楽しみですね♪色々準備しますね~♪」と言っておなじみの水晶を取り出している。


―現在、『RTF-Road To Fesonne!!-』ステージ

そしてウリスたちは今日、『RTF』というこのトーナメントイベントで、他のチームを蹴散らし、決勝戦まで来た。終盤の相手はそこそこ楽しませてくれたし、悲しむ顔を拝ませてくれもした。暇潰しには上々だったと満足しながら、決勝戦で負かせた相手を煽っていると、その内のひとりが泣きながらこう言った。

「せっかくダンスも歌も、たくさん練習したのに……。」
――ダンスも歌も?
ウリスはギロリとナナシの方を睨みつけると、ナナシは気付かない振りをしている。

「どういうことなのか、説明しなさいよ」
そう問い詰めようとしていたところに、こうして優勝者発表のステージに呼ばれたのだった。

「なんと、『カオス』の皆さまには早速ファンの方からフラワースタンドも届いております!すでに人気があるんですね~!」
アナウンサーからそう言われ、ナナシが「嬉しいです~」と答えている。
リメンバもまんざらではないようで、おどおどしながらもちゃっかり観客に手でハートを送っている。

「センターのウリスさん、DIVAバトルでは物凄く勢いがありましたが、パフォーマンスについての意気込みはいかがでしょうか?」
そんな時、完全に不機嫌なウリスに、アナウンサーが話を振ってしまった。

「あ、えっとそれはですねー」
ナナシは危険を察知し、自分が質問に答えようとする。しかし――無駄だった。

「冗談じゃないわよっ!」
ウリスの大声を受けて、マイクがハウリングする。

「何がパフォーマンスよ。馬鹿馬鹿しい。パフォーマンスなんかしないわ」
そう言ってウリスはステージを降りて行ってしまう。会場は騒然としている。アナウンサーは何とか場を繋ごうと、ナナシにマイクを向けた。

「えー……こ、これもパフォーマンスの一環とか……ですかねー?」
ナナシは笑顔を崩さず、和やかに答える。

「はい、もちろん~。みなさんのちほど、楽しみにしていてくださいね~」

「よ、良かったです!で、では、『カオス』のみなさんでした~!」
あたふたしているリメンバと、動揺していない様子のナナシは、ウリスを追ってステージを降た。


―『カオス』の楽屋

ガッシャンッ!
乱暴に椅子に座ったウリスは、戻って来たナナシを再び睨みつけた。

「パフォーマンスなんて、先に聞いていればこんなイベント出なかったわ……!」
ウリスの高圧的な態度を受けても、ナナシは自分のペースを崩さない。

「あら、だからこそ黙っていたりなんかしたわけで……」

「はぁ!?何でそんなことするわけ!?何が目的!?」

「う、ウリスさん少し落ち着いて……」

「うるさい、リメンバ!アンタは黙ってて!」
何とか場を鎮めようとするリメンバだったが、ウリスに一蹴されてしまい、おずおずと楽屋の隅に向かって行った。

「何でかって……そうですねぇ、私最近……ウリスさんが困っている様子を見るのにハマってしまっていまして?」

「…………」
ナナシのあまりにも奇想天外な返答に、ウリスの思考回路が止まった。

「は……?え?な……何……?」

「だからぁ、ウリスさんが困っているところを見るのが、楽しいんです♪」

「こ、こま……?いや、私は怒っているんだけど?」

「同じようなことですよぅ」

「ちょ、ちょっと待って。私を弄んで……楽しんでるってこと……?」

「そうとも言うかもしれません。ウリスさんだって、他のDIVAやルリグやセレクターを弄んで、楽しんでるじゃないですかぁ」

「っ……」
確かにウリスは自分が楽しむために、他人を利用して惑わせて、好きなように扱ってきた。しかしそれでいて、自分はそう『される側』になることなどないと思っていた。しかも、行動を共にするような――仲間とは言いたくないが、同じ『こちら側』の人物になど。

「と、とにかくっ!そのパフォーマンスとやらはしないから!もうここからも出て……」
動揺したとはいえ、大人しくナナシに弄ばれているわけにはいかない。断固とした態度で接しなくては。

「でもウリスさん。楽屋の外に出たら、あなたを探すスタッフやファンの方に、捕まって引き戻されてしまうかもしれませんよ?」

「……ちっ」
ならばフェスが終了するまで、ここにこもっていればいいだけだ。ウリスはそう思い、また椅子に座り直した。


―数十分後、『カオス』の楽屋

そろそろ『Fesonne!!』のパフォーマンス開始時間だ。いっこうに会場に向かおうとしないナナシに、リメンバははらはらしている。楽屋の中を行ったり来たりしては、たまに水晶を覗き込み、そして何度も時計を確認する。

「な、ナナシさん?あの~時間が……」
リメンバの問いかけに、ナナシは答えない。

「え、何これどうしたらいいの……時間が来ちゃうのに……やだ……もしかしてこういう焦らしプレイ……!?」
何故かリメンバは逆に興奮し始めているが、ウリスは足を組んで目を瞑ったまま、ナナシも何も言わずに椅子に座ったままだ。

そしてついに『Fesonne!!』が始まったのだろう。遠くからわずかに歓声が聞こえる。

「ああ……」
リメンバが無念そうに顔を手で覆った、その時――。

「さぁ、こちらが『カオス』のメンバーの楽屋です!」
そう言ってカメラを持ったスタッフとレポーター、そして複数のDIVAが楽屋になだれ込んで来た。

「な、何!?ちょ、ちょっと!?」

「なんとステージの上だけでなく、楽屋からステージに向かう道中も中継して見せるという『カオス』のパフォーマンスです!これは面白いですね~!」
突然の出来事に呆気にとられ、抵抗する間もなかったウリスは、大勢のDIVAによってどんどん楽屋から押し出される。

さらに廊下にはペンライトを持ったDIVA達が並び、花道を作っている。ウリスをステージに連れて行こうとするこの人物達は、恐らくナナシの息がかかっているのだろう。どうやって釣ったのかは分からないが、動く歩道のように自動的にウリスをゴールまで運んで行く。

「さぁ、みなさん!一緒にステージに向かいましょう~!」
ナナシがにこにこしながら頭の上で手を振って、周りの人物達を先導している。
そうして後ろから押され、そして最後にはナナシに手を引かれ、ついにステージ上に立つウリス。後ろを囲うように大勢のDIVAがいるせいで、もう引き返すこともできない――逃げ道はなくなった。

「はぁ」
ウリスがここ数日間で一番の大きなため息をつくと、ポンッと勝手に衣装が変わり、スピーカーから曲が流れ始める。

「……ああ~もうっ!くそったれ!!!!」
目の前のマイクスタンドに勢いよく手を掛けると、ウリスが叫ぶ。

「そんなに聞きたいなら聞かせてやるわ、このウリスの声を!」

観客を煽り罵り、マイクスタンドを倒し、時には叫び、その度に大きな声援が飛ぶ。ウリスがキレると、観客は余計に盛り上がる。

「なんすかこれは……あのウリスがこのWIXOSS LANDでこんなになっちゃうなんて、恐ろしいことっすよ……」

目の前でステージを見ていたエルドラの独り言が、観客の大声援の中に消えていく。

ナナシがどこまで見越していたかどうかは分からないが、作戦勝ちとは言えるだろう。リメンバもぴょこぴょこと楽しんでいる。この状況はまさに「カオス」だが、ウリス達のステージは、間違いなくその場を魅了していた――。


―『Fesonne!!』から数日後、WIXOSS LAND内某エリア

いつもウリス達が集まっている場所に、リメンバが疲れた様子でやって来た。

「も、もうすごいですよ~ウリスさんに会いたい、手紙を渡してくれ、っていう人達ばっかりで!今も囲まれてしまいました!」

「あらあら、さすがウリスさん」

「…………」
ナナシは「ふふふ」とにこにこしているが、ウリスは「でしょ、さすが私」とはならない。

あれからというもの、外に出る度に、パフォーマンスを見てファンになったというセレクターやDIVAから声を掛けられる。動画が拡散され、当日見ていなかった人達にまで知られてしまっているようだ。
写真を撮りたいだとか握手だとかは無視をするが、無視をしたらしたでその冷たさがたまらないと叫ばれる。しまいには「罵ってください」「踏んでください」とまで言ってくるのである。

「もう嫌だ、はやく元の世界に帰りたい……」
絶望を好むウリスが絶望している。そんなウリスに、ナナシが言葉を掛ける。

「ウリスさん、元気出してください。ほら、フェスの時に来ていたフラワースタンドを受け取っておいたんです。とっても綺麗ですよ」

ナナシの視線の先には、白・黒・紫の花や風船で造られた豪華なフラワースタンドがあった。
「すごいですよね、これきっと、ウリスさんをイメージして送ってくれたんですよ♪ほら、メッセージカードも付いています」
リメンバが差し出したカードを受け取ると、表には『For My Dear(愛しい人へ)』と書いてあった。そして裏面には、右下に小さくローマ字の表記。

「HA……」
その文字をじっと見つめるウリスの思考を遮るように、ナナシが明るい声で言う。

「やっぱりウリスさんにはカリスマ性があるってことですよね~!だからこんな立派なお花が届くし、私の見立ては間違っていなかったということです♪」

ウリスは手に持ったメッセージカードを服のポケットにしまい、完全に調子に乗っているナナシに詰め寄った。
「ちっ。今に見てなさいよっ!?」

「きゃあ、こわい」

「……!そういうところだって言ってんの!その精神、叩き直してやる!」

「『きゃあ~ウリス様~!罵ってくださいまし~!』」
そのウリスのファンのようなナナシの演技に、さらに精神を逆なでされ、ウリスの苛立ちが最高潮に達する。

「くっ、こいつ……っ!!」

「あああ、ウリスさんもナナシさんも走り回らないでくださいよ~!私が運勢を占ってあげますから~!」

相性がいいのか悪いのか、バランスがいいのか悪いのか、WIXOSS LANDに一波乱も二波乱も起こす3人なのであった。

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