【第6話 前半】
CONNECT&収束
タマゴ博士に連れられて島にやってきた花代、緑子、リル、メル、タマの5人は、今回の事態の原因とされる『何か』を探して島の中を歩き回っていた。
建物があるのにも関わらず人がいないため、実物大の模型を見てまわっているような感じだ。
重たい空気に包まれた生活感がない街並みというのは、歩いていて何とももの悲しいものか――。
ここにはディソナの『心臓』や『脳』とも言えるものがあるのだとタマゴ博士は言っていたが、それらしきものも確認できない。
重要な部分が丸見えでは、それはそれで問題だろうが、本当に存在しているのか疑問に思ってしまう。
「花代達は何か見つけたかな……」
メルとタマゴ博士と共に歩きながら、リルは別チームの様子を気にしていた。
混乱のせいでうやむやになってしまっていたが、タマの心はかなり不安的になっていたように思う。
こんな緊急事態をきっかけにしてでも、気が紛れていてくれればいいのだが……。
自分達が現状特に何も見つけられてないことを思うと、向こうも同じような感じだろうか。
「どうだろう……少しでも進展があるといいね」
メルもタマのことは心配だったが、全員がまとまって動くのは効率が悪いというタマゴ博士の意見を否定することもできなかった。
何かあった際に備えて、念のため3人組で動くというのはDIVAの世界としてはベストの考えだろう。
ディソナに残っているDIVAやシグニ、リメンバに足止めされたピルルクのことも気にかかる。
はやく異変の原因を見つけてみんなでひと安心したい……そう思いながら路地をのぞき込んだり、建物の扉をノックしたりしている。
「うーん、この辺りには特に気になる反応はないようだね……少し戻って道を変えてみようか」
画面とにらめっこしていたタマゴ博士が、来た道を引き返そうと振り向いた時――道の反対側から、緑子が走って来るのが見えた。
「おや、緑子くん!どうした!?」
タマゴ博士の前で止まり、肩で息をしている緑子に、リルが駆け寄る。
「あ、アンノウンが……あっちに……」
「アンノウンが!?」
説明しようとする言葉を遮り、タマゴ博士が反応したかと思うと「やっぱり……!」と呟き走り出した。
「た、タマゴ博士!?」
思わぬ展開についていけていないリルとメルだったが、とにかく緑子と共に彼女を追いかけなくては――。
そこまで急ぐ様子を見るに、やはりアンノウンが一連の出来事に関係があるということなのかもしれないが……行けば分かるのだろう。
緑子によれば、残してきた花代とタマのところにアンノウンがいるとのこと。
「はぁ、はぁ、はぁ……。こっちの、道だよ……!」
そしてタマゴ博士に続いてリルとメルがタマ達のもとに着くと、少し先でどこかを見つめて佇むアンノウンの姿があった。
そこは島の外を見渡せるような高台になっている場所で、とても風が強い。
アンノウンの髪や、着ている制服のスカートがなびいている。こちらに気付いているのかいないのか、そこから動く気配はないようだ。
タマは、花代にタマゴ博士達が来るまで話しかけないで待とうと言われ、何とかその場でとどまっていた。
本当はすぐにでも声を掛けたかったが、すでに2回、目の前からするりと逃げられてしまったことを思うとまた逃げられてしまうのが怖かったという気持ちもあった。
そして自分の隣に来たタマゴ博士が、アンノウンに向かって声を掛けた。
「キミの目的はなんだい?」
その声に反応して、アンノウンが振り向く。
「どうして生まれた?」
アンノウンの瞳はじっとタマゴ博士を――そして彼女の隣にいるタマを見つめている。
その場にいる全員が、アンノウンが言葉を発するのかどうか、緊張して待っていた。
「話さないのなら、無理やりにでもこの世界を元に戻すよ」
もちろん、それができるならばとうにやっている――つまりアンノウンを惑わせるための方便だが、どうやら効果があったようだ。
閉ざされていた唇が、わずかに動いた。
「タマのため……」
確かにアンノウンは、以前も一度タマにそう言っていた。
しかし、それがどういう意味なのか、タマ自身にも分かっていない。
「それって、どういう意味?」
「タマの願いを叶えるために、私は生まれた……」
「……るうに会いたいっていう、タマのねがい……?」
タマは恐る恐る、アンノウンに問いかける。
「そう。でも、願いは、もうひとつ。それは……『元の世界に帰る』こと……」
「……その願いが、どうしてエリア融合に繋がるんだ?」
花代が聞く。結局は、それが現在の一番の問題なのである。
「この世界をタマがいた世界と同じにする。だから、再構築する。それだけ」
「……そんな回りくどいことしないで、私達を元の世界に帰すことはできないの?」
「……私の力ではタマを元の世界に帰すことができない。それなら、この世界を元の世界と同じようにしてしまえばいい……」
「無茶苦茶だ……」
花代はアンノウンの言葉に首を振った。
「だから世界を再構築する……融合はその過程に過ぎない」
すべてはタマのためだと、アンノウンは言う。
「そのせいで、ここの世界が混乱したり困る人がいたりするとしても?」
「私の願いはタマの願いを叶えること。それ以外は関係ない」
緑子の指摘に、アンノウンははっきりとそう答えた。
しかし、それを聞いたタマは我慢ができずに――声を震わせて叫んだ。
「そんなのるうじゃないっ!」
自分のことを、友達のことを、すべてのルリグのことを考えて戦ってくれたタマが大好きな『るう』は、そんなこと絶対に言わない――同じ姿をしていても、『アンノウン』は『るう』ではない――タマはそう実感した。
「どうして……タマ……?どうして怒るの?私はタマのために……」
タマに怒りの目を向けられたアンノウンは、そんなはずではないとタマに訴えかける。
「タマがこの世界でも笑っていられるように……元の世界に帰らなくてもいいように……そう思ったから……」
タマはアンノウンの悲しそうな表情に動揺しながらも、心の中のるう子を思い出して懸命に話す。
「……るうはね、やさしいよ。でも、タマにも、みんなにもやさしい!だから、タマのためだけにみんなを困らせるなんて、るうはしないの!」
「どうしてそんなこと言うの、タマ……」
ショックを受けたアンノウンは、崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。
「そんなの、おかしい……おかしいよ。るうはちゃんと考えて……そんなはずないのに……」
独り言のように繰り返し呟いている。
混乱するアンノウンを監視しながら、タマゴ博士が話し始める。
「さて、この波長データから見ても、今回の一連の出来事の原因はアンノウンで間違いないだろう。そう本人も言ってることだしね」
「アンノウンを捕まえて融合を解決させるクエスト――本当に理に適っていたとは」
リルが腕を組んで感心している。
「まぁ、ボクがそう助言しただけで、運営は理由のひとつも分かってはいないよ」
「つまり、すべてタマゴ博士の予想通り……!」
「それでもあくまで仮説が当たっていた、という程度かな」
ある程度仮説がないと、動くに動けないしね、というタマゴ博士の説明に、メルも納得をした。
「それで、すべてを解決するにはアンノウンを消さなくてはならないわけだけど……」
タマゴ博士はタマを見る。
今まではるう子の姿をしたアンノウンを消したり、ひどいことをしたりするのは嫌だと思っていたタマだったが、実際にアンノウンの言葉を聞いて考えが変わっていた。
「タマのせいで生まれた『るう』に、みんなをこまらせるようなことさせるの、やだっ……!」
タマの同意を得られれば、あとは問題ない。
「OK。アンノウンを消すには、その生まれた理由――『願い』に、『願い』をぶつければいいはずだ。自分の願いが具現化されたパートナーシグニや、集めて来た強い『願い』を持つディソナシグニを使ってね」
バトルによって想いをぶつけることで、『願い』の化身であるアンノウンを『願い』で相殺させる。
「タマ、頼めるかな?」
タマゴ博士にそう声を掛けられ、タマが手をあげて構えようとした時――突然ユキが現れ、その手を止めた。
「――ユキ!?どうして……!」
ユキはタマを押し返す。
「ごめん、タマ……。そうはさせない……私も本当は……るうが欲しいの」
「ユキ……何言って……」
地面が再び轟音を立てて揺れ始める。
「何だ……!?」
タマゴ博士がアンノウンを見ると、彼女は頭を抱えながら顔を伏せてずっと何かを呟いている。
「おかしい……そんなはずない……タマはるうのおかげで幸せになれるはずなのに……分かってない、分かってないから否定するんだ……」
アンノウンが逃げ出さないように、花代達が見張ってはいるものの、その想いの強さに焦りが加わり事態が急速に進行してしまっている。
背中からいくつもの羽根が生え、宙に浮かぶアンノウン。その姿はまるでこの世界の支配者のようだった。空はさらに暗く、どんよりとした紫色をしている。
「つくりなおせば、るうがつくり作り直せば、タマも分かってくれるはず……はやく……」
「ユキ、どいて!るうを止めなきゃ!」
「止めるって……消すっていうことでしょう?」
「そうだよ、だってそうしないと……!」
ユキは焦るタマの手を掴み、一度突き放す。
「……私、この世界の……あのるうが欲しいの。元の世界のるうは、タマのものだから……だから……」
ナナシとリメンバにそそのかされて、アンノウンを――るう子を自分のものにしたいという心の奥底の欲を引き出されてしまったユキ。
タマ達が元の世界に戻っても、アンノウンさえいれば自分はこのままこちらで一緒に過ごしていけばいい……そう希望を持っていた。
「るうはものじゃないよ……!」
「そういう問題じゃないの。タマ……あなたには分からない。るうが欲しいのに、絶対に手に入らない私の気持ちは……」
ユキはそう言いながらタマを攻撃し始める。
「ユキっ……!」
ふたりの様子を見守っている花代達。
どれほどふたりがるう子のことを大切に思っているのかを考えると、どうにか全員が幸せになれる結果があればいいのにと願ってしまう。
「タマ……ユキ……」
「ユキ、おねがい……!はやくるうを止めないと、みんなが……!」
「私はるうに、消えてほしくない」
「だめだよ、もし本当のるうがこれを見たら……絶対にかなしむ!」
「……っ!」
タマの言葉に、ユキがひるんだ。その様子を見たタマゴ博士は、ディソナ内の映像を空中に映し出した。
辺りの様子に怯えて逃げ惑うDIVA、意識が混濁して喚くシグニ、事態の悪化により右往左往対応に追われる運営――様々な人達の様子が見て取れる。
「こんなの、るうだったら……本物のるうだったらほうっておかない!」
「それは……そうかもしれない、けど……」
「タマだって……また黒くなってて……。本当はるうも、みんなも助けたいのに……!」
映像を見て、ユキは動揺していた。
この状況に困っている人達がたくさんいる……『るう』だったら解決するために全力を尽くすだろう。
それが彼女だ。
しかし自分は自分の欲望のためにそれを否定し、あまつさえ邪魔をしようとしていることになる――本当にそれでいいのだろうか……。
「でも……私にはこれしか、るうと一緒にいる方法は……」
「ううん、ユキ!かえったら、タマとるうとあそぼう!?がまんなんていらない!あそびたいときに、あそべばいいんだよ!なかよしだもん!」
「タマ……でも私は……」
「それに、るうは、タマのことも、ユキのこともしあわせにしようとしてくれた!なのに……なのに、タマ達がこうやってたたかってたら、るう、きっとかなしむ……!」
「それは……」
「みんなでなかよく、あそぼうよ!ユキ……ね?」
タマの言葉に、ユキは攻撃をしていた手をそっと下した。
「……私、意地張って我慢しすぎちゃったのかな」
眉を下げて困ったように微笑むユキ。
「元の世界に戻ったら、一緒に遊んでくれる?」
「ユキーっ!!」
タマはユキに抱き着き、ふたりのバトルは終わったのだった。
――はぁ。
ふたりの様子を離れたところから見ていたナナシは、残念そうにため息をついた。
「せっかくうまいことかき乱してくれる方を見つけたと思ったのですが……期待外れでしたわね」
紫色の空を見上げ、想いを馳せる。
「この暗雲立ち込める混沌も、そろそろ見納めですかねー」
島をあとにしながら、次は何して遊ぼうかしらと思惑するのであった――。