【第5話 後半】
TRIGGER/因果
――ゴゴゴゴゴゴ。
突然、空間全体が大きな音に包まれた。
地響きのようである。
そして、ぐらぐらっという揺れ。
「……地震!?」
ピルルクは身をかがめ、辺りを見回す。
「WIXOSS LANDって、地震なんて起こるのか!?」
リルはメルと共にしゃがみながら、危険がないかどうか警戒している。
しかし、揺れはいっこうにやむ気配がない。
「ちょっと、長くない……!?」
花代は何かおかしいと立ち上がろうとするが、危ないよと緑子に止められてしまった。
「……くそっ、遅かった……!」
液晶から浮かび上がった映像を見ながら、タマゴ博士はすごい勢いで何かを操作している。
「だから一刻も早く融合を止めたかったんだ……」
悔しそうな表情を見せながらも、その手が止まることはない。
「すごいすごい!本当に天才だね!」
「今、そんな感心をしている場合じゃないからね!?」
呆気にとられているメルに、タマゴ博士は眉間にしわを寄せて顔を突き付ける。
「わ、ごめんなさい!」
そして映し出される数値や波長としばらくにらめっこをしていたタマゴ博士が、顔を上げた。
「……よしっ、これだ!」
「何か分かったの!?」
ピルルクが覗き込む。この間も辺りの揺れは収まってはいない。
「分析結果によると、この揺れはとある島に原因がある」
「し、島……?」
緑子はどこに島なんか、と不思議に思う。
「実はディソナの中心からだいぶ離れた場所に、湖に囲まれたひとつの島があるんだ。普段はその姿をはっきり見ることができなくて、DIVA達もその存在を知らない……」
「……何のために島が……?」
花代が疑問を投げかけたが、とにかくここでゆっくり話している時間はないと、タマゴ博士は映像を閉じて立ち上がった。
「詳しくは移動しながら話すよ。とりあえずはやく向かったほうが良さそうなんだ」
「……分かったわ。じゃあ急いで島に……」
ピルルクが走り出そうとすると、目の前にひとりの人物が立ちはだかった。
「……リメンバ……。どいて、あなたの相手をしている暇はないの」
「もう~清衣ちゃんってば、相変わらず冷たいですね」
話し始めこそにこにこしていたリメンバだったが、突然冷酷な表情になったかと思うとピルルクをじっと見る。
「……でも、行かせない。ここで私と遊んでください」
リメンバの様子を見て、これは無理に突破していくのは無理だと判断したピルルク。
観念して相手をするしかなさそうだ。
すぐにやりこめて、みんなを追うしかない――。
「リル、メル……ごめんなさい、あとはお願い。すぐに追いかけるわ」
「……分かった。気を付けて……!」
「はやく行くよっ!」
タマゴ博士を先頭に、リルとメル、花代、緑子、タマは島へ向かう――。
その場へ残ったピルルクは、揺れ続けてさらに不安定になっている空間の中で、大きなため息をついた。
「……何が目的なの?」
正直、こちらの世界に来てまでリメンバに付きまとわれるのは避けたいと思っていた。
そのせいで他の仲間が傷ついたり、物事を荒立たせられたりするのは、元の世界へ帰ることへの妨げにもなる。
「そんなの……私と遊んでほしいだけですよ♪」
ピルルクの怪訝な表情にはびくともせず、リメンバはまた楽しそうにしている。
「何かがうまくいかなければ、清衣ちゃんは悲しんでくれるし私の相手をしてくれる……。だから、ちょっとオジャマしたいんです」
揺れとともに強い風が辺りに吹きすさぶ。
この環境もふたりの対峙を煽っているようだった。
長い髪が激しく風になびくのを気にせず、リメンバは笑う。
「私には、清衣ちゃんしかいないんだから……!」
そんなリメンバの様子を見て、ピルルクはさらに深いため息をつく。
半ば呆れながらも、相手をしないと離してもらえないならば仕方ない。
「分かったわ。そんなに私としたいなら、してあげる。だから……負けたらしばらく、間から物語を見てなさい!」
ピルルクは自分のパートナーシグニを展開した――。
一方、島に向かうタマ達。
途中で見かけたディソナシグニは頭を抱えて呻いていたり、シグニ同士で言い争いをしていたり、かなり情緒が不安定になっているようだった。
タマゴ博士によれば、それもこの揺れの原因が関係しているのかもしれない、とのことだ。
「……例の島は、もともとこのエリアのサーバーやセキュリティシステムがある場所なんだ。だから厳密に管理されているし、情報も公開されていない。それ故に、DIVAも知るはずはない」
しかしその説明を聞いても、一行はあまりよく理解できていない。
「えーっと私達……難しいことはちょっと分からないんだけど……」
花代は走りながらバツが悪そうにタマゴ博士を見た。
「そうだな……つまりは、エリアを構成するための『心臓』と『脳の一部』がその島にあるっていう感じだよ」
心臓と脳なんて、ひとつの個体を構成する上で必要不可欠でしかない。
そこで今何かが起こっている――そう思うと、花代はさらに怖くなった。
「なるほど……重要な場所だということは分かった」
「それが分かれば十分だよ」
タマゴ博士は説明を続ける。
「もともと、ふたつのエリアはその島の存在によってバランスを保っていたんだ。だけどアンノウンの発生から強制的なエリアの融合が起こった。だから心臓と脳が混乱した結果……その負荷に耐えきれなくなって悲鳴をあげているっていうのかな」
この揺れと地響きはその悲鳴――ということだ。
「もともと島を調べる必要があるとは思っていたんだけど……ここまではやく目に見える形で悲鳴があがるとは……ボクの分析不足だよ」
悔しそうにな表情をするタマゴ博士だったが、だからといって解決への道筋を失ったわけではないからと落ち込んではいないようだ。
とにかくはやく島へ行き、できることをしなければならないと道を急ぐのだった。
「見て、あれだ――!」
突然立ち止まったタマゴ博士が指を指した先に、湖に囲まれたひとつの島があった。
「なんか……こわい……」
タマはその島が発している異様な空気を感じ、怯えているようだ。
「確かに少し……不思議な感じがするね……」
メルはタマの肩を抱きながら、島を見つめる。
ここまで来る間に、揺れは一旦収まったようだ。
「ボクが持っている断片的な情報では、普段は穏やかな雰囲気が漂う晴れやかな場所だということだったはず――リゾート地みたいなね。やっぱり、きっと何か起こっているんだと思う……」
「……通常時に来てみたかったね。水着でも持ってさ」
タマゴ博士の言葉を聞き、リルが『残念』、と冗談めかして苦笑いをした。
「この事態を無事解決できたら、来られるかもしれないよ」
緑子がリルの左肩にポン、と手を置いてそれに乗る。
「何が起こっているかは分からないから、入る時は十分に注意するんだよ」
タマゴ博士が全員に注意を促し、さらに先へと進んでいく――。
左右が湖に囲まれた道を通って島に近付き、入口付近まで来てみると、手前で感じた不思議な感覚がより強くなった。
さらに、この島の特徴――少しおかしな特徴が見て取れた。
島の建物は西洋風なのにも関わらず、水面に映る姿は和風になっているのだ。
実物と反射で映るものがちぐはぐなんていうことは、普通あり得ない。
「これは……どういうことなんだろう」
花代が水面を覗き込みながら、映る和風の建物に触れようとした。
水面は揺らぎ、和風の建物も波と共に姿を歪ませる。
「和風の建物の方は、反射して映っているんじゃなくて実際に海の中に存在しているっていう可能性もあるよね?」
「なるほど、確かに……」
メルとリルはその可能性もありそう、と予想をしている。
しかし、タマゴ博士が説明をした。
「と、いうよりは……あの洋風に見える建物は、洋風でもあり和風でもある、っていう感じのようだね」
「……?」
何を言っているのか分からない、という様子の全員の表情を見て、どうしようかなと頬を掻くタマゴ博士。
「つまり、視覚認識上は洋風の建物だけど、内部設定では和洋両方の要素で構成されている。それが水面に反射する際には、データの波長的に和風のほうの見た目が表層に映し出される――」
そこまで言いかけて、5人がまったくついてきていないことに気が付いた。
「えーっと……まぁ本当の存在は和でも洋でもあるっていう認識でいてくれ……。複雑なデータが構築されているが故の、目で捉えることのできる情報と状況の差っていう程度のことだよ」
「わ、分かったよ……」
とりあえず、緑子が開いた口を何とか動かして反応をした。
何か言わないとタマゴ博士を困らせ続ける一方だと思ったのだ。
とにかく、本来ディソナが2つの別々のエリアだったことを考えても、この島がその表裏一体の存在を支えてくれていたのだろう――そう理解することにした。
実際に島の中に入ってみると、『恐らく本来オープンするはずだったゴシックホラーエリアは、こんな様子だったんだろう』、と予想できる街並みが広がっていた。
自分達が想像する『中世ヨーロッパ』を実体化した、コンセプトがあるテーマパークのような場所である。
ただ、やはりどこか空気が重い。
島を取り巻く薄暗い空も、その雰囲気を強めているように思う。
「着いたはいいけど、私達はどうしたらいい?」
花代がタマゴ博士のほうを見て指示を仰ぐ。
タマゴ博士は島に入るやいなや、すぐに液晶を取り出し、しゃがみながらデータを分析していた。
「どこかにエリア融合の原因となっている異様な波長を発している『何か』がある――もしくは、いるはずなんだ。ボクが近くにいれば、探知できるから……島内を探してほしい」
そう言いながら花代、緑子、リル、メル、タマの顔を順に見る。
「さらなる事態に発展させないために、頼んだよ――!」
それぞれが頷き、急いで島内の探索を開始した。