【第5話 前半】
TRIGGER/因果
「どうして……!」
アンノウンを目の前にして、ナナシに阻まれたタマ。
邪魔をしたつもりはないとナナシは言うが、わざとアンノウンとタマの間に入って来たのは事実――ならばタマは納得などできるわけがない。
悲しみと怒りが込められた視線が、ナナシとリメンバを捕らえ続ける。
しかし彼女達は何も話そうとしない。
タマは苛立ちを覚え、手をふたりのほうに向けた。
「何も言わないなら、タマ……」
バトルで倒して邪魔されないようにしてしまえばいい――そう考えた。
その行動を受けて、ナナシは仕方がないと口を開く。
「まぁまぁ、落ち着いてくださいな。私はただもう少し……このままにしておいたほうが、面白いのではないかと思っただけですわ」
「……どういうこと……?」
要領を得ないナナシの言葉に、タマは目を細める。
「あなたとアンノウンが接触して……あなたが満足してしまったら、このエリア融合や混乱が収束してしまうかもしれないじゃないですか。せっかくの事件――イベントですのに、それではもったいないでしょう?」
「なんで、タマが……まんぞくしたら……?」
自分の行動によってこの混乱が収束すると言われ、だんだんと嫌な予感がしてくるタマ。
アンノウンがるう子の姿をしている、その理由と向き合うことを本能的に避けて来た気がする。
知るべきなような、このまま知りたくないような……どこか気まずさを感じる。
「あら、お気づきではなかったですか? アンノウンの発生はあなたが原因だって……」
「……!」
もしかして、と思ったことが確定してしまった。
しかし、どうしてナナシとリメンバがそれを知っているのか――タマは上げた手を降ろしながら、恐る恐る聞き返した。
「どうして、そんなこと……わかるの」
「私達、見ちゃったんですよ!アンノウンさんが生まれるところ!」
ナナシに替わってリメンバが楽しそうに話し始める。
「新エリアの見学をしている時……辺りの様子がおかしいなって思ってたら、そこに突然あなたの声が響き渡ったんですよ。『るう、会いたい……帰りたいよ』って」
「タマの声……?」
「そうです!そこにいないはずのタマさんの声が聞こえるなんてびっくりしましたけど……私達ふたりとも聞いてるんですから間違いないです!ね、ナナシさん!」
「ええ。明らかに異様な雰囲気だったので警戒していたら、そのうちにあのアンノウンがその場に生まれていたんです。そしてふたつのエリアがどんどん混ざり始めた……。状況から見て、あなたの気持ちからこの状況が生まれたと考えるのは必然なことかと」
「タマが……るうに会いたいって願ったから……生まれた……?それでみんなを巻き込んで……こんな……」
ふたりの話を頭の中で反すうする。本当にこの混乱が自分のせいで生まれて、自分のせいでみんなが困っているのだとしたら――タマは怖くなり、両腕で自身を抱きしめるようにしながら地べたに座り込んだ。
「でも、そのおかげでこの世界は退屈な日常から抜け出せたのですから、いいじゃないですか。あなたがまだアンノウンを求め続ければ……もう少し、この混沌を楽しめるんですよ」
ナナシは何も起こらなくてつまらない日々には戻りたくないらしい。この世界にいること自体が異常事態のはずだが、それ以上の混沌を望んでいる。
「何も分からないまま翻弄されるしかないなんて……ぞくぞくしちゃいますよね。ふふふ」
「そん、な……タマのせいでみんなが困ってるのに……」
――ナナシのように、この状況を『楽しい』などとは当然思えるはずがない。
「タマっ……!!大丈夫……!?」
塞ぎ込むタマのもとに、ピルルク、リル、メル、花代、緑子が走り寄った。
みこみこと共にバトルを続けていたタマを心配して、探していたのだった。
「ええ~どうして心配をするのですか?悪いのはそこにいる……」
「やだっ……!みんなに言わないでっ……!」
自分が原因だということは、知られたくない――タマは怯えてリメンバの言葉を遮ぎるように叫ぶ。
しかし、ピルルク達はタマゴ博士の分析を聞いている。
タマが知られたくないと思う、その内容を。
「タマ、大丈夫よ。実はその……私達、知っているの。アンノウンが生まれた理由……」
「え……?」
タマのいないところでその話を聞いたことに後ろめたさを感じながらも、ピルルクは真実を話した。
「その上で、私達はタマを責める気持ちなんてないからさ」
花代がしゃがみながらタマに笑いかける。
罪悪感でいっぱいだったタマは、みんながこんなに優しくしてくれるとは思っていなかった。
「そう、なの……?」
不安そうに5人を見るタマに、メルが抱き着く。
「うん、そうだよ。だから怖がらなくていい、安心していいよ」
ふわっと包み込まれ、温かさを感じるタマ。
緑子も「そういうこと」とタマの頭にポン、と手を置いた。
「一緒に解決させよう。タマの願いも、アンノウンの願いも叶えてさ」
リルの心強い言葉に、タマは目を潤ませながら頷いた。
「うう……」
こちらの世界に来てから、みんなはいつでも自分を支えようとしてくれていた。
一緒に戦ってくれていた。
自分が原因でこんなことになってしまったのに、誰も責めるようなことはしない――みんながいてくれて良かったと、タマは改めて思うのだった。
「……そんなにうまくいくでしょうか?」
そんな中、ナナシがやや声のトーンを上げてわざとらしく言い放った。
「みんなお優しいですけど~、占いの結果的には……『凶』と出ていますね」
リメンバは水晶を覗き込んでいる。
「もうあなた達に邪魔はさせない。アンノウンを探し出して、事態を解決させるわ」
ピルルクがタマをかばうようにして、正面を切ってふたりに対抗した。しかしナナシとリメンバは全く気にせず、余裕のある表情をしている。
「別に私達が邪魔するなんて言っていませんけど?」
「……どういうこと?」
白々しく含みのある言い方をするナナシに、花代が不審そうに聞き返した。
「実は“るう子さん”に関わりが強そうなお方にも、ちょっとだけ声を掛けておいたんです」
「関わりが強い……?」
ピルルクが警戒を強めた様子を見せると、ナナシは満足そうに続ける。
「今ならこの世界のるう子さんを、自分のものにできるかもしれませんよ、と……。あの方もとてもるう子さんにご執心のようでしたから……どちらが彼女を手に入れることができるのか、楽しみですわね」
「るうがほしい……?それって、だれ……?」
タマのその質問に、ナナシは微笑む。
「それは……このあとのお楽しみです」
肝心なところを避けて話されると、結局ナナシの思い通りに気持ちを煽られ、転がされている気がしてくる。
「……アンノウンを奪い合わせて、今の状態を引き延ばして……君はそれで満足するの?」
ナナシは混沌を楽しみたいと言うが、どうしてそんな合理的ではないことを求めるのか、緑子には理解ができなかった。
「そうですね、それでどちらが勝つのかを見学するのも面白いですし、このままディソナの融合を進めたら最終的にどうなるのかを待つのも楽しそうですし……。どちらにしてもこの状況を最大限活かすためには、すぐに解決させずにこのままでいいのではないかって……」
「いいワケないよ!」
そんな言い分は認めない、と割って入ったのはタマゴ博士だった。
「タマゴ博士……!!どうしてここに……」
自分は個別で分析を進めると、現場には出て来ていなかった彼女がこの場に現れたのである。――しかも急いだ様子で。
ピルルク達は、何かあったのではないかと心配になる。
「何ですか……?」
不機嫌そうにするナナシをよそに、タマゴ博士はポータブルの液晶を取り出し、説明を始める。
「このままではダメだと言ったんだ。いいかい?今ディソナはこの波形を――」
――ゴゴゴゴゴゴ。
突然、空間全体が大きな音に包まれた。