【第3話 前半】
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【ディソナ】と名付けられた仮想空間WIXOSS LANDの新エリア。
元は日本風とゴシックホラー風の独立した2つのエリアだったが、突如として起こった謎の現象によって混じり合い、融合してしまった。
その現象の原因については運営・開発が今もなお分析中。その中で、ディソナに発生した小湊るう子の姿をしたシグニ――【アンノウン】に何か解決の糸口があるかもしれないとして、DIVAに捕獲クエストを発令していた。捕まえた者には何でも望むものが与えられるとあって、現在ディソナ内は大勢のDIVAであふれているのであった。
DIVAもディソナシグニも和洋折衷の衣装を身にまとっているので、その様子はなかなか『イベント』らしいものがある。DIVAバトルを盛り上げたいという運営の目論見は成功したと言うべきか――。
しかし、エリア内は常にシステムエラーが起こっているような状況であり、不安定なままだ。融合も完全に収まっているわけではなく、まだ徐々に進行している。運営は常にモニターでの監視や現場の見回りをしながら、クエスト中のDIVAの安全を確保していた。
『アンノウンを捕獲するためには、より強いディソナシグニを使役する必要がある』
――その追加情報が運営から発表されて以降、シグニを求めてバトルが頻繁に行われており、ピルルクとリル、メルは、一旦タマ達とは別で行動していた。
自分達はバトルをしながら、アンノウン関連の情報収集も積極的に行い、反対にタマ達にはとにかくバトルをしてもらっているのだ。
「ディソナではお互いに仲が悪いシグニが多いみたいね」
先のバトルで獲得したシグニ達にはそういった傾向があった。
「出身が別の世界だと、折り合いがつかないことが多いってことなのかしら。精神までは混じり合っていないというか……」
ピルルクはそんなシグニに若干の扱いづらさを感じていたが、アンノウンを見つけて捕獲するためにディソナシグニが必要と言われては集めるしかない。
「中には、この状況を解決するために協力し合わないといけないっていう派閥のシグニもいるみたいだよ」
「そうなの……?」
「って、シグニが言ってたんだ」
リルは直接ディソナシグニに事情を聞いたらしい。
そう思うと、シグニとコミュニケーションが取れるというのもなかなか面白い。ただ、仲間内でいざこざが起きないようにうまくやっていく必要はあるだろう。
さらには、バトルをしていく中で、とあるDIVAから気になる話を聞くことができた。
「そう言えば、DIVAの願いが具現化してシグニになっているっていう話、本当なのかしら……」
ピルルクが腕を組み、考え込む。
「実際にあのDIVAの知り合いがそれを手に入れているって言っていたからね」
わざわざ嘘はつかないだろう、とリルはその話を信じたようだ。
「確か、英語を話せるようになりたいという願いから生まれた、英語が流暢なシグニ……だったよね」
「このエリアの、シグニが実体化するっていう仕組みに関係があるのかな」
メルが言うように、もし本当だとしてもどうしてそんなことが起こるのかは想像の域を出ない。
「特に何か手順を経て手に入れたのではなく、突然生まれたというのなら……DIVA自身の深層心理の願いや欲望をディソナが感じ取り、すくい上げてシグニ化、さらに実体化しているということなのかしら……だとしたら、厄介なことになる可能性が……」
逆を言えば、DIVAはどんなシグニを生み出すかどうかのコントロールはできないということ……それはさらなる混乱を引き起こしそうな、嫌な予感をピルルクに抱かせるのだった。
「そんなことまで予想できちゃうなんて、すごいですね~!」
――背後から発せられたその声を聞き、ピルルクは表情を歪ませた。
肩越しに目線をやり、姿を確認する。
「……リメンバ……」
にこにこしているリメンバの顔を見ると、ピルルクはついため息をついてしまう。
「はぁ。……何か用かしら」
「やだなぁ、清衣ちゃん。私達、お友達じゃないですかぁ。用がないと話しかけちゃいけないんですか?」
「そうね、私としては……そうしてらえると嬉しいわ」
ふたりの空気感に、息を呑むリルとメル。口を挟まないほうが良さそうだと、黙って会話の行く末を見守っている。
「ひどいですねぇ。そんなこと言うとほら……占いにも『人に優しく』と出ていますよ?」
「忠告ありがとう。じゃあ、あなたに“優しく”いるためにも、そろそろこの場を去っていいかしら」
このまま話を続けていると、優しくはいられないというのがピルルクの本心だ。
そう言い歩き出そうとすると、リメンバが「あ、そうだ♪」と意味ありげに声をあげた。
ピルルクが一瞬足を止めたのを見て、リメンバは続ける。
「私、おもしろいものを見ちゃったんですよ!タマさん……でしたっけ?あの方には注意したほうがいいですよ♪」
「……リル、メル、行きましょう」
ピルルクは、もし本当にタマに何かあったとしても、リメンバの言うことを素直に聞く気はない。リメンバのほうを信じて、根拠もなくタマに疑念を抱くなど、ありえないことだ。
リルとメルを促し、止めた足を再び進め始める。
「何かあっても知りませんからね~!」
リメンバが背後で叫ぶ声を無視して、再び情報収集に戻るのだった。
「ピルルク、大丈夫?」
メルが心配してピルルクに声を掛ける。
「ええ、問題ないわ。私はもう、彼女に心乱されるようなことにはならないから」
「そっか」
メルは微笑む。
「もし何かあっても、私達がついてる。いつでも頼ってくれていいからね」
リルもそう言ってくれる。
「……ありがとう」
この世界に来ても、頼もしい仲間達がいるのは心強いことだ。リメンバの言っていた『おもしろいこと』が何かは分からないが、仲間達と向き合ってひとつひとつ乗り越えていけばいいだけである。
そう思いながらディソナの中を歩いていると、ピルルクは辺りがざわついていることに気が付いた。
「何か騒がしいわね……」
リルとメルも何事かと周りを見渡す。
「あっ!見て、あれ……!」
メルが指さす方向を見ると、人混みの中心でバトルをしているDIVAがいる。
「あれは確か……きゅるきゅる~ん☆のみこみこさん……?」
ピルルク達は、このWIXOSS LANDで過ごす中で、だいたいのDIVAのことを把握していた。みこみこは、一時的な活動休止を経て最近復活をしたアイドルDIVAグループ『きゅるきゅる~ん☆』のリーダーだ。
「どうしてこんな騒ぎに……」
周りのざわめきは、みこみこへの声援――という雰囲気ではない。
「さぁ、どんどんかかってきなさーい!みこみこが相手をしてあげるわよ!」
ちょうど前のバトルが終わり、次の相手を待っているところらしい。その様子から見るに、相当自分の強さに自信があるようだ。
ピルルクは、みこみこに負けて退いてきたDIVAに駆け寄った。
「これは、どういう状況なの?」
そのDIVAは肩を落としながら、説明をしてくれた。
みこみこは、自分の願い“みこみこの絶対的なファンである親衛隊がほしい”から生まれた『羅菌姫 ミコオシ//ディソナ』という強力な『パートナーシグニ』を得ていて、勝てばこのシグニをあげるとバトル相手を募っているらしい。しかし既にパートナーシグニをかなり使いこなしており、エリアに来たばかりで強いシグニを得ていない挑戦者達は狩られる一方ということだ。
「なるほど」
「あれが、DIVAの願いから生まれるシグニ……『パートナーシグニ』か」
「やっぱり、話は本当だったんだね……」
みこみこは活躍をしていたDIVAだと聞くし、元々それなりの実力はあるのだろう。しかしこの状況を見るに、その噂の『パートナーシグニ』を得たことによってさらに数々のDIVAを次々に負かせることができるほどの強さを得ているようだ。
「一旦、みんなを集めてこの状況を共有しておきましょう」
パートナーシグニの存在を受けて、花代達にも現状を説明しておいたほうが良さそうだと判断したピルルクは、一旦事態の共有をすることにした。
一連の出来事について聞いた花代と緑子。ピルルク達は、さらに情報収集をすると言って、またディソナ内の探索に向かった。
「つまり、パートナーシグニを持っているDIVAが現状では有利ってことか。その……みこみこさんとか」
花代は今の自分達では彼女のようなDIVAには勝てないかもしれないと考えていた。
「このまま好きにさせておいたら、アンノウンがその人達に捕まえられちゃうかもしれない……」
アンノウン捕獲には強いシグニが必要ということなら、その可能性が高いのだろうと緑子も心配している。
「そうだろうね。だから、私達も早く強いシグニを……」
「得なければ」――花代がそう言いかけた時。
「……そんなのダメ!」
話を聞いてしまったタマが、ディソナの奥に向かって走り出した。
「タマ……!!」
アンノウンのこととなれば、またタマの心が不安定になるかもしれないと懸念して、先に自分達だけで話を聞いたのだが――結局良くない形で話が伝わってしまった。
花代と緑子はタマを追う――。