【第2話 後半】

BORN=混沌

「るう、るうっ!どこ、るう――!」
スタッフの目を盗み、ディソナ内に入り込んだタマ。放送で見たるう子の姿をした人物を探して、走り回っていた。映像で見た通り、和と洋が入り交じった不思議な街並みをしている。

「はぁ、はぁ……」
立ち止まって息をつき、辺りを見回す。その時、ふと目の端にとある人物が目に入った。

「るう……!?」
タマが走り寄ろうとすると、るう子に瓜二つの【アンノウン】はこちらを一瞥し、またどこかへ行ってしまう。

「るう、どうして逃げ……」
追いかけようとしたタマだったが、どこか違和感があり足を止めた。

「タマ!るう子がいたの……!?」
花代と緑子が追いつき、立ちすくむタマに声を掛ける。

「タマ……?」

「……じゃない……」

「え?」

「あれは……るうじゃない……」
実際に対峙して、タマはあの人物が本物のるう子ではないことを感じ取ったのだった。

「ということは……開発が言う通り、やっぱりシグニっていうことなのかな」
この世界のシグニやシステムの仕組みについてはよく分からないが、作っている人達が言うのだからそうなのかもしれないと思う緑子。

「でも……シグニだとして、どうしてるう子の姿をしてるんだ……」
ただ、そうだとしてもそれがるう子の姿をしている以上、何か理由があるはずだと花代が指摘する。

とにかく、ここで考えていても埒が明かない。一旦ピルルク達のところに戻って今後のことを確認したほうが良さそうだ。

タマ達がディソナから出た頃には、放送は既に終了していた。すれ違う人達は皆、イベントや報酬、ディソナについて話している。

ピルルク達と合流し、落ち着いて話しをするためにとカフェへとやって来た。

「るう子の姿をしたシグニ……アンノウンを捕獲したら報酬か……」
新たなイベントの内容をピルルクから聞いた花代は、すっきりしない表情をしていた。

「るう、捕まっちゃうの……?捕まったら……どうなるの……?」
たとえ本物のるう子ではないとしても、タマはるう子の見た目をしているシグニがひどい扱いをされるのは見たくない。

「もし本当にディソナが生まれた原因がアンノウンだとしたら、とりあえず解析はされるだろうけれど……優しくはしてもらえないかもしれないわね……」

「そんなのやだっ!」
椅子から立ち上がり怒るタマ。

「でももし――私達がアンノウンを最初に見つけられれば、一旦かくまうことも……『報酬』として何か要求できるかもしれないわね」

「確かにね。もともとの目的である『全力バトルをする』ってことにも繋がるし、イベントに参加してアンノウンを探すのがいいと思う」
デメリットは何もないし、とリルはイベント参加に賛成のようだ。

「そうだな。もしかしたらアンノウン本人から何か聞ける可能性もある。何でるう子の姿をしてるのか、とかね」
花代がそう言うと、タマがうつむきながら口を開いた。

「あ、あのね……」
自分の服を掴み、沸き上がる感情を力を込めて制しているように見える。

「あのシグニはるうの姿をしてるけど、るうはこんな誰かを困らせるようなことは絶対しない……。あのるうは、本物のるうからじゃなくて、タマのわるい部分から生み出されたうなのかもしれない……」

「タマ……どうしてそんな……」
ピルルクがタマをなだめようとするが、タマの言葉は止まらない。

「だって、だって、タマはるうのために頑張らなきゃいけないのに、タマが頑張る番なのに、こわくて、頑張れなくて、わるいこだから……!だから、あんなるうが生まれちゃったんだ……!」

言葉と共に、タマの手足が、白から灰色――黒へと変わっていく。

「タマ、待って……!体の色が……!」

「ううっ……これ……タマのこころに、わるいちからが……!!」

以前にも身体が黒く侵され、暴走してしまったことがあった。あの時はウリスによって半ば強制的に引き起こされたとはいえ、結果イオナを傷つけ、るうの心も傷つけた。

「……やだぁっ!」
咄嗟に腕を組み、手を隠そうとするタマ。

――あの時みたいには、なりたくない……!

「大丈夫だよ、タマ。私達も一緒だから、ね?」
メルがタマの背中をさする。

「タマはわるい子じゃない、こんなにも一生懸命なんだからさ」
緑子もタマの腕に手を添え、微笑んでくれる。

「もしアンノウンがタマの心から生まれたのだとしたら、余計に助けてあげないと」
タマを真っ直ぐ見据えるリル。

「るう子を守るんだろ!」

花代が鼓舞し、タマは「はっ」とする。

タマの体はさらに黒くなりつつはあるが、以前のように我を失ってはいない。

「タマ、私達と一緒に頑張れる?他のDIVAをバトルで倒してでも、最初にアンノウンを見つけましょう……!」
ピルルクの言葉にタマは唇を噛み締め、頷いた。

「タマ……」
イオナはタマ達の様子を物陰から見ていた。

アンノウン生まれの真相は分からないが、シグニとはいえ実体があるのならば、いわばこの世界のるう子……。
その姿をひと目みようと、イオナもディソナに行ってみることにした。

――ディソナは、放送の映像で見るよりもさらに不思議な雰囲気が漂っていた。神秘的とも不気味ともいえる空間。誰かの意志が漂うような……どこかで感じたことのある感覚。

『白窓の部屋』みたい――風景はまったく違うが、どことなくそう思った。

『ここにるうがいる……』
タマのものではない、もうひとりのるう子だ――。

『なら、自分が隣にいることが許されるのではないか?』
イオナは希望を感じる。

でももし、るう子の隣に立つのならば、純粋で無垢で希望に満ちた存在が相応しい。穢れのない心、明るい笑顔――。

イオナの体が白く変わっていく。まるであたたかく柔らかな光に包まれているようだ。
「これは……白い、ユキ……」

「すっごーい♪そんな変身もできるんですね!」
いつの間にかにこにこしたリメンバが近くにいた。

「それがるう子さんへの想い、ですか?私にも大切な人がいるので、気持ち分かります!」

「……何か用?」
突然現れたリメンバに警戒するイオナ――いや、ユキ。

「そんなに怖い顔しないでくださいよ、『黒の少女』さん!」

「私はもう……黒の少女ではないわ。……“ユキ”よ」
「なるほど、これは失礼致しました!では、ユキさん。私はあなたのためにイイコトを教えてあげようと思っただけなんです」

「いいこと……?」

「はい!私、この空間――ディソナが生まれる瞬間に立ち会わせていたんです。だから分かるんです――あのるう子さんの姿をしたシグニが原因で、ここが生まれたんだって」

「……運営の言っていることが正しいってこと?」

「そういうことになりますね。なので、この融合を止めるためには、るう子さんを消すしかない――」

「……」

「もう分かりますよね?イベントで誰かに捕まったあかつきには、あなたの大切なるう子さんは、WIXOSS LANDのために消されてしまうんです」

「るうが消える……」

「……あなたの希望は何ですか?どうしてその姿になったんですか?」

「私の……私の希望は……」

「本音を押し隠して、願いに気付かない振りをして、諦めることに理由を付けなくてもいいんです。ここは、元の世界とは別の場所なんですから!」

「私は……ここのるうに、消えてほしくない……」

「うんうん、そうですよね」

「ここでなら、私がるうの隣にいられる……」

「今日のユキさんの運勢は……素直になるのが“吉”と出ています!これで幸せになれますね!」

ユキは心の底にあった願いを認めてしまった。自分でも乗り越えたと思っていた、見ないようにしていた願いを――。

「これで良かったですか、ナナシさん」
ユキの元を去ったリメンバは、再びナナシと合流していた。

「ええ。リメンバさん、人を煽る才能がありますわね」
「……それって、褒めてます?」

「褒めてます、褒めてます」

「イオナさん……じゃなかった、ユキさんを焚きつければ清衣ちゃんと遊べるって言うから頑張ったんですよ!?」

「上出来です。きっと遊べるようになりますよ」

そして再びイベントエントリー受付窓口。

さきほど、急遽日程をはやめて随時開始とすることが告知されたディソナでのアンノウン捕獲クエスト。窓口付近は我先にと申請をしようとするDIVA達でいっぱいになっていた。中にはタマ達が見知った顔もある。

「時間が経てば経つほど融合が進んでしまうのであれば、少しでも早くクエストをスタートしたいという気持ちは分かるけれど……本当に急だったわね」
周りの会話に聞き耳を立てながら、ピルルクがエントリーを進めている。ほとんどみんな報酬目当てでの参加のようだ。――当然のことではあるが。

ぱっと見ただけでも、和洋折衷の衣装になっているDIVAが数割程度いる。エントリーを完了すると、ディソナの世界観に合わせた格好にチェンジするらしい。
浴衣に下駄ではなくブーツ、貴族のようなつばの大きな帽子に着物など、和と洋という固定概念にとらわれない自由な着こなしになっている。

「さっきタマを追ってエリアに入った時、本当に未知の世界っていう感じだったんだ。中に入ったら慎重に行動した方が良さそうだよ」
緑子が注意を促した。

「そうだな。それに、他のDIVAも報酬のために何を仕掛けて来るか分からない」
今まで体験したことのないようなピリピリとした雰囲気を、花代は感じ取っている。

「なんだか当初のお祭り感とは全く異なるものになってしまったね」
リルは少し残念そうにしている。
「どちらにしても、私達の目的のために頑張るだけだよ」
メルの言葉に「それもそうか」とリルは肩をすくめるのであった。

そしてタマはディソナのある方向を見据える。はやくるうを見つけないと、とクエストへの覚悟を決めている表情である。

「よし。エントリーが完了したわ!」
ピルルクの言葉を合図としたかのように、衣装がディソナ仕様に変わる。

「わぁ!いいね、リル。和洋折衷っていう感じ!」
リルの姿を上から下までじっくり見るメル。新鮮だが少し照れくさい気もするリルは「ふふ、そうだね」と笑い返した。

「……さぁ、はしゃいでいても仕方ない。行きましょう!」

ピルルクが体をひるがえすと、真面目な顔つきに戻った一行は、一斉にディソナに向かって走り出す。

こうしてそれぞれの立場――WIXOSS LANDを盛り上げるために、事態を利用する運営・開発、アンノウンを守るためにイベントに参加するタマやピルルク達、報酬を得るために盛り上がるDIVA達、るう子の隣にいたいと願うユキ、混乱を傍観して楽しみたいナナシ、ピルルクと遊びたいリメンバ――の様々な願いや希望、思惑が入り乱れるクエストイベントが、始まった――

タカラトミーモール