【第2話 前半】
BORN=混沌
DIVAたちが集う仮想空間WIXOSS LANDの新エリアOPENイベントエントリー窓口。
タマ、花代、緑子と、ピルルク、リル、メルは、イベントにエントリーするため手続きを進めていた。
「はやく中に入ってみたいな」と楽しそうな緑子と、「なんだかそわそわしちゃうね」というメル。
「あはは、落ち着きなって」と笑うリルが、「焦らなくても、新エリアはなくならないよ」とふたりをなだめる。
「タマも新エリアたのしみ」
タマはそんな仲間の様子に、かろうじてあわせているという感じだ。
そしてピルルクと花代が代表してエントリーを完了しようとした、その時――。
突然辺りの電光掲示板や、エントリー窓口の案内の画面が切り替わった。
――『緊急放送』。
画面いっぱいの赤い背景に、黒い文字。明らかに何か異常事態が起こったのだと、見た瞬間に判断できるようなその表示に、群衆がざわめく。
そのあとひとりのキャスターが映し出された。画面にはニュース速報のようなテロップが入っており、『新エリア消滅!?融合!?緊急イベント開催!』と書いてある。
「何?」「どうしたの?」という声がその場にあふれる中、キャスターが説明を始めた。
『――昨夜、OPENイベントを控えていた新エリアの2つに、異常事態が発生しました。その場を確認した開発・運営スタッフによれば、本来別々に存在していたはずの2つのエリアの境界線がなくなり、まるで1つのエリアのようになっているとのことです』
「エリアが1つにって……どういうこと……?」
ピルルクが驚きの声をあげた。
「新エリア、なくなっちゃったの……?」
先ほど「なくならない」となだめられたばかりの緑子とメルは顔を見合わせる。
リルは「そんなことあるのか……?」とバツが悪そうにしている。
キャスターは説明を続ける。
『しかし、元からあった2つのエリアの要素が混ざり合ったような風貌をしていることから、恐らく“融合”してしまったのではないかとの見解です。そしてその融合は完全に終了してはおらず、今もなお現象は進行している状況らしいのです』
画面には本来の日本風とゴシックホラー風の映像が流れたあとに、融合後の映像が流れている。
「確かに、全く新しい別物というよりは、2つの要素を混ぜたような建物が見えるわね」
眉間にしわを寄せたピルルクが、画面をじっと見つめる。
「すごくおどろおどろしい感じがするな……」
花代は、映像を通してでも分かるような新エリアを渦巻く雰囲気に不安を覚えた。
『開発ではこの融合エリアのことを、“不協和音”という意味の【ディソナ】と名付け、ここで生まれているシグニのことを【ディソナシグニ】と呼ぶ取り決めをしました。
ディソナシグニは、本来新エリアで可能となっていたシグニの実体化のプログラムの影響で生まれていると考えられており、ディソナ特有の見た目や能力が特徴とのことです。もともと別のエリアのシグニだったことから、ちょーっと仲の良くない派閥ができているという情報もあるようですが……一旦このことは置いておきましょう』
「ディソナとディソナシグニ……。名前を付けたということは、しばらくこの状況は解決できない見込みということだと考えられるわね」
すぐに解決できるのならば、名前などつける必要もないというのがピルルクの見立てだ。
「となると、イベントはどうなるのかな」
「恐らくこのあと説明があると思うわ。テロップに緊急イベント開催、と書いてあるし」
「確かに」と納得した緑子は、画面に顔を戻す。
『そしてここからが重要です――!
開発が現象の解明と事態の収束に動いている中で、とあるディソナシグニが原因となっているのではないかという仮説を立てました。それがこちら――』
そう言って映し出された1枚の画像。そこには――。
「まさか……!?」
「るう……!?」
タマ達にとって馴染みのある人物に――小湊るう子によく似た姿が映っていた。
暗くてはっきりとは見えないが、影がかかった顔とそのいで立ちは、るう子にそっくりだ。
――あれは、絶対にるうだ……!
咄嗟に駆け出そうとするタマ。
「タマ……!」
「まだ危ないよ……!」
「るうがいるなら……タマ、行かなきゃ!」
花代と緑子が止めたのにも関わらず、タマはふたりを振り払って行ってしまった。周りに放送を見ているセレクター達が多いのもあり、あっと言う間に姿が見えなくなる。
「どうしよう……!」
「全く、あいつは……!」
「……この放送、イベントがどうなるかも含めて最後まで見た方がいいわ。私達はここに残るから、花代と緑子はタマを追って……!」
「気を付けてね……!」
「タマのこと、頼んだよ……!」
その場に残ったピルルク、リル、メルは、焦る気持ちを抑えながら画面に視線を戻した。
『さて、このシグニですが……【アンノウン】と名付けられました。そして、予定していたOPENイベントに替わるイベントとして運営が新たに用意したのが――【アンノウン】捕獲クエストです!』
―タマゴ博士の研究室―
「……危険だからやめた方がいいって言ったのに」
自分の研究室でWIXOSS LANDの運営・開発に苦言を呈しているのはタマゴ博士だ。
「確かに、発生したタイミングやその際のエリア内の波長から、あのシグニが怪しいと助言したのは僕だけど……もぐもぐ……あくまで仮説だし、しかもあんな不安定な状態のエリアでDIVAに戦わせるなんて、もってのほかだよ」
今日のおやつはもう3個目である。
「運営も、何とか盛り上がるイベントを開催したいと躍起になっているのかもしれませんね。そもそも新エリアのOPENだって、DIVAバトルの人気の低迷を脱却するためだっていう噂もありますし」
お菓子のストックを補充しながら、タマゴ博士の意見に相槌を打つノヴァ。
「あ、新しいお菓子見つけたので追加しておきました」
「うん……。まぁ実際、新しいもので興味を刺激するというのは戦略としてアリだとは思うよ。だとしても、それはDIVAやセレクターの安全あってこそでしょ」
「それはそうですね。さすがに何か対策があっての実施だとは思いますけど……」
「しかも、報酬は『DIVAが望むもの』なんてさ……もぐもぐ……やりすぎじゃないか?」
『WIXOSS LAND内のトレンドにも【ディソナイベント 報酬】が急上昇して入って来ていますね』
様子を見て戻って来たバンも、話題の沸き具合が相当なものだったと博士に伝えた。
「当初のOPENイベントより盛り上がりそうだし、運営の目論見としては正解ってところか……」
タマゴ博士は、4個目のお菓子に手を伸ばす前にお茶を飲みほした。
「まぁ、シグニの実体化ももとはと言えば僕の研究成果なわけだし……あのシグニの発生に僕が関係ないとは言えないからね。もしかしたら誰かの『願い』に影響されている可能性もある」
「そうだとしたら、逆に博士の研究がすごすぎますよ」
ノヴァは、『さすが天才』と自分とタマゴ博士の分のお茶を淹れる。
「使い方と使わせる人には気を付けなければならないという教訓を得たけどね。とりあえず、僕はディソナやWIXOSS LAND全体の様子を見ながら、開発・運営とは別で分析を進めるよ。君達も、あっちに行く時は十分注意してね」
「分かりました、博士」
「彼女達にもひと言伝えておいたほうがいいかもなぁ。意図せずいつの間にか首を突っ込んでるタイプのような気もするけど。まぁ、もし会うことがあったら、一応声を掛けておいてくれるかい」
『承知しました』
「……はぁ。何事もなく、終わればいいけど……」
これ以上の問題が起こらずに事態が解決するようにと、4個目のお菓子を食べながらタマゴ博士は再びモニターに向き合うのだった。