【第1話】

WISH≠離れ離れ

タマ達、ルリグがこの世界――仮想空間WIXOSS LANDに来てしまってから、数か月が経っていた。その間にはヒラナやムジカといったDIVAの面々との交流もし、WIXOSSをDIVAとして戦うイベントに参加もした。
当初よりここで過ごすことに慣れて来てはいたが、やはり元の世界に帰るべき、帰りたいという想いは今もなおなくならない。
ただひとつ、『マスターピース』と呼ばれる何かがその手掛かりになるかもしれないという話を信じて、とにかく機会さえあれば積極的にDIVAバトルに参加するようにしていた。

 ――そして、イオナもまた、WIXOSS LANDにいた。
ここに来る前の世界では、セレクターバトルが終わり、小湊るう子の願いによって、ルリグになった少女達は人間として人生の続きを――もしくは、新たな人生を歩んでいた。
セレクターバトルで失ったものを取り戻し、そして新しく手に入れたものを胸に、それぞれの日々を過ごしていたのだ。
イオナは本来、『白の少女』であるタマと一緒に、『繭』に生み出された実体を持たない『黒の少女』であった。希望を込められたタマとは違い、繭の妬みや憎しみ――負の部分を込められた存在。少女達を絶望させるために、『クロ』として繭のいた『白窓の部屋』から外の世界へと送られた。

そう、タマ――『シロ』とは違うのだ。『シロ』に憧れ、『シロ』のようになりたいと心の奥底で願ったとしても、『クロ』は『シロ』になることはできない。『シロ』の世界は明るくあたかかくても、『クロ』の世界は、暗くて寒い――。
しかし、そんな『クロ』も、るう子のルリグとして戦ううちに、人間の優しさを知ることができた。仲間のために戦うセレクター、自分の心配をしてくれるるう子。――自分も、このあたたかい世界にいてもいいのだろうかと思えた。
そして、るう子に『ユキ』という新たな名前をもらい、タマと共に『マユ』となって生みの親である繭と戦った。
イオナにとってもるう子は大切な存在だった。できることなら、この先も共に生きていきたい。るう子の幸せを願い、支えていきたい――そう思う自分がいた。
――だが、るう子の隣にはタマがいる。彼女が表でるう子を支えるのなら、私は裏で、見えないところでるう子を支えればいい。そうしながら、私が私らしく、ひとりの存在として生きていく。そうすればきっと、るう子も喜んでくれるはず――。

そんな中、この世界にやってきた。
原因も分からず、元にも戻れず、どんどん時が経っていっている。るう子もタマも、共に生きることを願ったはずなのに、また離れ離れだ。
タマ達も元の世界に帰る方法を探しているようではあるが、進捗は芳しくない。
ならば、私が一刻もはやくその方法を見つけなければいけない。タマには別の仲間達がついているし、ひとりだからこそ身軽に動けるということもある。
はやくるう子が笑って過ごせる世界に戻してあげなければ――。

「るう、待ってて……!」

 ――彼女はそう思い、単独行動でWIXOSS LANDを調べているのであった。

「楽しかったー!」
バトルを終え、帰路につく緑子が、満足そうに伸びをした。
「今日も勝てて良かったね。歓声もたくさんもらえたし」
「ああ。だいぶこのスタイルにも慣れて来たし、私達、DIVAバトルでも割といい線いってるんじゃないか」
花代も日々の手応えを感じているようだ。

「タマも大活躍だったな!」
最近はタマ、花代、緑子のチームで戦うことが多く、着実に勝利を重ねていた。
「……うん」
しかし、それにも関わらずタマの元気はない。

「でも、また何もわからなかった……」
「それは……」
本来、元の世界に帰る方法の情報を得るためにバトルに参加しているはずだった。それについては、何も進捗がないことは確かだ。
「どうしたらるうのところに帰れるんだろう……?」
タマにとって、大好きなるう子と離れ離れになってこの世界に来てしまったことは、一番大切なものを突然失ったようなものだった。仲間の前向きな言葉や、自分達のバトルを見て応援してくれるセレクターの声援も、タマの心の底からの笑顔を引き出すことはできない。
「タマ……」
花代も緑子も、タマがどれほどるう子のことが好きなのかは理解していた。だからこそ少しでも元気が出るようにと共に行動していたし、はやく元の世界に返してあげられるように情報収集もしているのだ。しかし、どちらも思うような成果はない――。
「ボク達も、頑張ってるつもりではいるんだけど……ごめんね」
「ううん、みんなは悪くない……」

「お疲れ様」
沈黙を破るように、後ろから聞き覚えのある声に話しかけられた。
振り向くと、ピルルクが立っていた。

「バトル、盛り上がってたね」とタマの肩にポンと手を置いたリルと、「いい展開だったよ」と微笑むメルも一緒だ。
さっきのタマ達のバトルを観戦していたらしい。

「話、聞こえてしまったの。ごめんなさい」
ピルルクはそう謝り、「そこで提案があるのだけど」と一枚の紙を取り出した。先ほど公開されたばかりだと言う開発からの告知――そこには大々的に『新エリアOPEN!』の文字があった。
「新エリア……?」
顔を上げた緑子が「どういうこと?」と、ピルルクを見る。
「今あるエリアに追加して、日本風とゴシックホラー風のエリアを新しくOPENさせるらしいの」
「日本風とゴシックホラー風……いっきに2つだなんて、すごいね」

普段DIVAバトルが行われている今のエリアは、ネオンが光る夜の街のような雰囲気の場所だ。その中に設置されたスタジアムで、日々DIVAバトルが行われている。それとは異なる雰囲気のエリアを2つも同時にOPENさせるとなれば、WIXOSS LAND運営にとってはかなり力を入れたプロジェクトであることが伺える。

「なんでも、セレクターへのアンケートで要望が多かった2つなのだそうよ」
告知のチラシの裏に載っているエリアの画像を全員が覗き込む。
日本風のエリアは、平安時代を思わせる朱塗りが鮮やかな建物が並び、情緒を感じる造りになっているようだ。一方、ゴシックホラー風のエリアは、ヨーロッパのゴシック建築が美しいながらも、どこか重たく暗い空気が漂う。
かなり作り込まれているのか、画像を見るだけでもその世界観が伝わって来る。
「それで、それを記念してイベントをやるということらしいわ」
「へぇ、おもしろそうだ」
内容を見て、興味を持つ花代。

「あと目を引く情報と言えば……これね」
告知の説明文には、新たなバトルの要素として『シグニの可視化、実体化』について記されている。
「新エリアではシグニをカードから出して、バトル時に可視化することが可能、と書いてあるの。交流もできるみたい」
「それって、もともと概念の存在だったりしたシグニを、実物として呼び出せるってことか!?」
思わず驚いて声をあげる花代。
技術的なことは分からないが、もともと存在していなかったものを実体化できるなんて、なかなか大変な研究と開発だったはずだ。
「ええ。まだ実験段階で、この新エリア内でのみ可能になっているようだけれど」
新エリアOPENというだけでも相当な規模だが、さらに今まで以上にバトルが楽しめる革新がされているとあれば、話題性には事欠かない。
「結構大きなイベントになりそうだよね」
WIXOSS LAND全体がお祭りムードになりそうな内容に、リルも関心があるようだ。
「ええ。盛り上がるイベントならより情報が集まるだろうし、参加してみる価値はあると思うの」

しかし、タマはうつむき――表情もかたいまま。
「でもわからなかった、もどれなかった……」
ある程度のバトルを重ねても、新しい情報がない状態に、タマはやる気を失ってしまっていた。バトルしたところで、何も得られるものなんてないのではないかと思ってしまう。
「今はまだ表に出て来ていないだけで、実は少しずつ解決に繋がっていっているってこともあるかもしれないよ」
私もそう信じてバトルしている、とメルはタマの手を優しく握った。
「……そうかなぁ」
「それにさ、DIVAバトルは楽しいんだよね?」
花代がタマの顔を覗き込む。
「ばとるは……楽しい」
「それなら、純粋にバトルを楽しむっていう手もあるんじゃない? ただ落ち込んでるだけより、ずっといい」
何かをしてもしなくても、同じ時間が過ぎて行く。それならば、少しでも楽しいことを、少しでも希望がある方を選んでいくことも大切だ。幸いにも、今ここには一緒に過ごしてくれる仲間達がいるのである。
「楽しんでて、いいのかな。わからないままで……」
よくないことをしているみたいで、気が引ける――タマはそう感じてしまう。
「……バトルを、楽しむ……」
タマの言葉を聞いたピルルクが、何か考え込み始めた。
「どうかした?」
思いがけないところにピルルクが反応したので、不思議そうにする緑子。
「……少し思うことがあるの。どうして私達“元”ルリグが、この世界に呼ばれたのかという理由について――」
帰る方法ばかりに気を取られていて、ここに来た理由について究明しようとはしてこなかったことに、ピルルクは気が付いたのである。
「ここにいるDIVAやセレクターではなく、別世界の私達が必要だった理由が何かあるとするのなら……何を求められているんだろうって――」
「なるほどな……理由が分かれば、それを実現したら帰れるかもしれないってことか」
「ええ。そして私達はセレクターバトルに精通していて、むしろそのための存在とも言っていい。つまり、私達が全力でこのDIVAバトルを戦う、もしくは楽しむことが必要だという可能性あるのではないか……」
「ボク達に求められているのはバトルすることそのもの……?」
「そういうことよ」
ピルルクの意見に、緑子は一理ある気がすると腕を組んで考えている。
「どうして今まで気が付かなかったんだろう」
「確定とは言えないけど、ありそうではあるな」
「全力でバトル――得意だもんね!」
花代、リル、メルも納得といった様子である。

「タマ、ばとるしてていいの?」
タマは確かめるようにピルルクを見つめた。
「ええ。バトルに向き合って、バトルを楽しむこと――それを一旦の目標に、イベントに出場しましょう……!」
――こうして改めて全員の意志を統一したタマ達は、新エリアのOPENイベントにエントリーすることに決めた。

今日は各々休憩をしようと、解散をしたタマ達。
タマはひとりでWIXOSS LANDを歩いていた。
「こんな時、るうならどうするんだろう」
みんなに手を引かれてやっと進めているような自分の状況を振り返り、落ち込むタマ。
「きっと、みんなのために、一生懸命頑張るんだろうな……」
るう子はかつて、夢限少女となった女の子たちを……そして全てのルリグを救うために戦ってくれた。自分がどうなるかなどかえりみず、みんなのために立ち向かってくれたのだ。タマは、そんなるう子のことが心から大好きだった。
「タマも、頑張らなきゃダメなのに……今度はタマが頑張る番なのに……」
頑張ろう頑張ろうと自分を鼓舞しても、結局るう子がいなくて落ち込んでしまう自分が情けなくなる。さっきみんなで頑張ろうと決めたばかりなのに――このままではダメなのだとは感じながらも、るう子のいない世界では、どうしても元気が出ない。
「るう、元気かなぁ……」
もしかしたら、突然自分達がいなくなってしまったことで、るう子は心配をしているかもしれない。また、悲しんでいるかもしれない。――そう思うと、いてもいられなくなってしまうタマ。
『もうるうの心が痛くなるのはいやだよ……』
現実と、『こうあるべき』『こうありたい』という願いに挟まれ、どうしたらいいのか、どんどん分からなくなってしまうのだった。

 ――花代達と別れてから、どれ位の時間が経っただろうか。特にあてもなく、とぼとぼと歩き続けていたタマは、気付けば見慣れない場所まで来てしまっていた。
「あ、あれ……? 戻らなくちゃ」
そう思い、来た道を戻ろうとした時。
「もしかして、タマちゃん!?」
聞き覚えのない声に呼び止められた。振り返ると、やはりタマの知らない人物が3人、そこに立っていた。
「だ、誰……?」
タマが聞くと、彼らは最近のタマの活躍を見てファンになった、DIVAバトルのセレクターだという。
「タマの……ファン? ファンって何……?」
怯えるタマをよそに、彼らはどんどん話しかけて来る。
「どうしてこんなところにいるの!?」
「めっちゃ強いよね、何か秘訣とかあるの!?」
「最近増えたDIVAって、みんなもともと仲いいの!?」
 そう質問攻めにされている間に、近くを歩いていた人達も、「え、なになに?」と集まって来てしまっている。
「あ、う……タマ……帰らなきゃ……」
あっと言う間にたくさんの人達に囲まれてしまったタマは、その場の勢いに圧倒され、後ずさった。
「ちょっと待ってよ」
ひとりのセレクターに手首を掴まれたタマは、もう耐えられない――!
「た、タマ……わかんないっ!!!」
掴まれた手を振りほどき、人の壁を無理やりこじあけてその場から逃げ出した。
「ハァ、ハァ、ハァ――」
角で道を曲がり、誰もついて来ていないことを確認してから、その場にしゃがみ込む。膝を抱えて顔を埋めると、思わず目から涙が溢れそうになる――。
「るう……」
涙がこぼれないようにと天を仰ぎ、どこかの世界にいるるう子に向けて想いを馳せるが、目に入るのは涙でぼやけたネオンの明かりを灯すビルばかり。この世界の全てが、自分とるう子の邪魔をしているような気にさえなってくる。
「るう、るう……帰りたい、会いたいよう……」
タマの、るう子への強くて深い想いが、WIXOSS LAND内に反響していく――。

一方、近日OPENするという例の新エリアには、ナナシとリメンバが密かに様子を見に来ていた。通路を挟んで左手に日本風エリア、右手にゴシックホラー風エリアとなっている。
「ここまであっさり入って来られるなんて、思いませんでしたわね」
「この方角がラッキーって出てましたから! 私の占いのおかげですね♪」
「う~ん、それはどうでしょう? まぁ、結果が良ければ良いのですけど」
「素直に感謝してくれればいいのに」
ブツブツ言いながら辺りを物色するリメンバ。しかし、良く見ると不可思議な部分がある。「――ナナシさん、何かここ、様子がおかしくないですか?」
「そうですわねぇ……」
「何かもやもやしているというか、歪んでいるところがあるというか……まだ完成していないのでしょうか?」
「告知には完成って書いてあったと思いますが……」
「詰めが甘いってことですかね? でもこんな様じゃあ、イベントも盛り上がらないかもですね。せーっかく清衣ちゃんと遊べるかなって思ったのに」
残念がるリメンバだっただったが、ナナシはその違和感を警戒している。歪んでいるのは見た目だけではなく、空間そのものな気がするのだ。
「奥の様子はどうなって……」
「……ちょっと待ってください」
何か音が聞こえた気がして、エリアの中へと進もうとするリメンバを止めた。
「……何か聞こえますわ。……これは、声……?」
どこか遠くで響いているような、耳元で囁かれているような、不思議な感覚。しかし、確実に聞こえてくる。
――『るう、会いたいよ……』『るう……』『帰りたい……』『るう……!』という声が。

「この声……」
その瞬間、ふたりの目線の少し先の床が光り、渦巻いて歪んでいく。
「きゃあっ! な、何ですか……!?」
リメンバが驚いて後ずさると、さらに光が大きくなり、その中にひとつの影が現れた。人間の――女の子のようである。

制服姿で、肩より少し長くて黒い髪。一束だけ、顔の横側の高い位置で髪の毛を結んでいる。それは、ふたりが知っている人物の姿をしていた。
「え……どうして……?」
「まさか……あの子もこの世界へ……?」
「本物かどうか分かりませんが……」
そう言う間にも、空間がどんどん歪み、本来分かれていたはずの2つのエリアが混ざり合っていく。小湊るう子の姿をした『何か』を中心とするように、風が渦巻き、空間が引き込まれる。そして、どんどん境界線が失なわれていく――。

「これは……面白いことになりそうですわね……」
なびく長い髪を耳にかけながら、ナナシは口角を上げ、笑みを浮かべた。
この現象が原因となり、この先間違いなく問題が起こるだろう。また人々が何かに絶望して、素敵な顔を見せてくれる――。
「もしかして、清衣ちゃんと遊べるんですか……!? やっぱりこの方角がラッキーだったんですね!」
そして、WIXOSS LANDが混乱すれば、ピルルクも関係なくはいられない。そうなればリメンバにとっては、強制的にピルルクと遊ぶことができる絶好の機会になる。
異常事態は好機なのだ。

しかし、このままではふたりもこの融合に巻き込まれてしまう。一旦エリアから離れ、様子を見ることにしたほうが良さそうだ。
「さて――皆さんの出方を伺いましょうか、ふふふ」
渦巻く空間に、ナナシの怪しい声が響いた――。

――ビーッ、ビーッ、ビーッ。
WIXOSS LANDの運営・開発室には、緊急事態を知らせるアラートが鳴り響いていた。解析によれば、エラーが発生している場所は新エリア。しかし、原因が特定できないため、遠隔では何が起こっているのかが判断できない。

「な、何だこれは……!?」
原因確認のために現地に駆け付けたスタッフが見たものは、本来あったはずの2つの新エリアとは異なる姿をしたエリアだった。

和と洋の要素が、色が、交じっている。別々に存在していたはずの日本風とゴシックホラー風の建物や街並みが混合しているのである。2つだったものが無理やりひとつになり、かろうじて保っているような不安定な状態――それはそこに立つ人物の心さえも煽るような不気味さがある。どこかの支えをひとつでも抜いたら、いっきに世界ごと崩壊してしまいそうだ。

「どうして、こんなことに……」
スタッフは急いで運営・開発室に戻り、事態の報告をするのだった――。

タカラトミーモール