【第3話】
思惑と希望とそれぞれの道
コツ、コツ、コツ――。
今までいた場所とは明らかに異なるこの場所……やたらと明るく輝き、どこか居心地が悪い。自分がいるべき場所じゃないのだと感じさせてくるような煌びやかな世界を、カーニバルはひとり歩いていた。
別に前にいた場所に戻りたいというわけではなかったが、このまま何事もなくのんびりと過ごしたいという気分にもならない。かつて里見紅と共に楽しんだように、人間達の感情を煽り、弄び、かき乱して笑うような狂乱こそ自分の求めているもの――。
この場所にもそんな遊びが転がっていたらいいのだが。
どこに行けばそんな目的のものに出会えるのかも分からないまま、とりあえず歩くことで何かをしている気になっていた。その場に留まるよりはマシだ。
気付けば、ひと気の少ないところまで来てしまったようだ。先ほどまでいた、四方から人々の笑い声か聞こえてくるような明るい雰囲気とは違う。
「ただむやみに歩き回っていても、おもしろいことは何も起こらない、か……」
せめて何か自分の興味を引くような事象に鉢合わせることに期待したが、それもなさそうだ。元いた場所に戻ろうかと思い、振り返ったその時――。
「……だ、どうして……ない?」
誰かの声が聞こえ、立ち止まる。その切迫した声のトーンから、友人との楽しい雑談、というわけではなさそうだ。
普段であれば誰かの会話などには興味を持たないが、その雰囲気がカーニバルの足を止めさせた。
そっと目の前の部屋のドアに近付き、聞き耳を立てる。
「いいや、最近現れたDIVA――ルリグについてはどういう存在なのかはこちらでも解析できていない」
――自分達のことについて話している?
「しかし謎の存在が現れたことでバトルが活発になり、新たな情報を得るきっかけになるかもしれない。WIXOSSLANDに……WIXOSSにとって重要な『マスターピース』……あれには様々な可能性が秘められているんだ。何としてでも……」
「はぁ。……いや、いい。引き続きこっちで調べるから、じゃあ……」
不完全燃焼といった様子で通信を終える声の主。ドアの方に向かってくる足音がし、カーニバルは咄嗟に曲がり角まで戻り身を隠した。
「あ、ミカエラさん! ここにいたんですね、スタッフが呼んでますよ!」
「あ、ああ……今行く」
部屋から出たところで、「ミカエラ」と呼び止められた人物……彼女が『マスターピース』というものについて調べているということか。
大切なアイテムかなにか――少なくともミカエラがそれに相当執着しているということは明らかだった。さらには自分達がバトルすることで何かが判明するかもしれない――?
このWIXOSSLANDという場所やWIXOSSにとって重要なこととなれば、周りを巻き込んで大きな渦になりそうな種である。
「これが新しいおもちゃってことかねぇ」
『マスターピース』――カーニバルはそれによって引き起こされるこれからの出来事に期待して、笑みを浮かべるのであった。
「さて、まずは『バトルが活発になる』ことがきっかけになりそうな言い方だったが……」
そう言えばここでもうすぐイベントが開かれるという告知を見かけたことを思い出した。そのイベントにたくさんのルリグ――ここではDIVAだったか――が参加すれば、バトルが活発に行われるということになるだろう。
どうにかして自分と同様に別の場所からここに来たルリグ達も、イベントへ参加させたいところである。水嶋清衣――いや、ピルルクがいるのは確認していた。
その周りにいた者達も、雰囲気からして恐らく同じタイミングでここへ来たルリグだろう。まずはそこから様子を伺ってみれば――。
「おい、あんた。――ピルルク。」
「あなたは……カーニバル。あなたもここに来ていたのね」
「そうみたい。 『また』仲良くしてくれるかい?」
「あなたと仲良くした記憶はないのだけど? それに残念ながら、あなたに構っている暇はないの。元の世界に帰る方法を探して……」
「元の世界に、帰る……?」
――確かに、突然知らない場所に来てしまったら、何とかして元の所に戻る方法を見つけようと求めるものかもしれない。なるほど、それならそれをエサにすればいい。
「そう言えば……少し噂を聞いた。『マスターピース』がどうとかって……」
「『マスターピース』……?」
「そう。何でもそれが元の世界に帰る鍵になるかもしれない、みたいな……?」
「……本当なの!?」
「WIXOSSやこのWIXOSSLANDにとって重要なものだと言っていたな。まだ詳しくは解明されていないらしいが……バトルが活発に行われることで、それが明らかになるかも、という話さ」
「バトルが活発になることで……」
大した情報もない現状では、些細なことにでもすがりつきたくなるはず。案の定、ピルルクはかなり食いついて来た。こうなれば誘導するのは容易い。
「ちょうど、今度イベントがあるみたいじゃないか? いいきっかけになるかもねぇ」
「待って、あなたどうしてそんな情報を知っているの? 私達にとって、あなたは簡単に信じられるような相手じゃない。“言っていた”って、誰が……?」
「まぁまぁ、詳しいことは俺も分からないんだって。今は雫みたいに小さな情報でも、漏らしたくないだろう?」
「くっ……それは、まぁ……」
以前はルリグとしてWIXOSSバトルをしていたと言っても、全員ここのルールでは未体験である。
突然イベントに参加するとなっては不安もあるが、ピルルク達はちょうどDIVAとの接触を試みようとしていたところではあった。彼女達が一緒にイベントに出てくれるとなれば、多少は安心である。もしそれが叶わなくても、ここでのスタイルについて教えてもらうことはできるだろう。
「カーニバル、あなたはどうするの? イベントに出るつもり?」
しかし、そうするにしてもやはりピルルクにとってカーニバルの動向は気になるところであった。かつてあれだけルリグとセレクターの心を弄び、バトルをかき乱した張本人なのである。
近くにおいて監視しておくという手もあるが、もちろん大人しく言うことを聞いてくれるタイプではない。
「あー、そうだねぇ。まだ迷ってるけど……『おもしろく』なりそうなら、出るのもアリかも……?」
明らかに何か思惑がある声色。ピルルクの出方を伺いながら、自分がどう動くべきなのかを頭の中で計算している。
「じゃあ、そういうことだから。お互い頑張らないとね」
まだ何か聞きたそうなピルルクを尻目に、カーニバルはさっさとその場を去る。
あの様子ならば、恐らくピルルクはイベントに出場する。布石としては十分だろう。
「さてと……」
カーニバルは歩きながら、どう動くことが一番おもしろく、一番過激に楽しめるかを考えるのだった。
――やはり、戦場の最前線に身を置くべき。
それがカーニバルの出した答えだった。観戦したり、裏で場をかき乱すような動きをしたり……それでは求めるような刺激は得られない。
ピルルク達はイベントに出て『マスターピース』の情報を得たい。DIVA達はイベントに勝って報酬を得たい。出場者は絶対に本気でバトルに臨んで来る、そこに自分が立ちはだかって邪魔をすれば、相手は激昂する――。
「おっと……つい口元が緩んでしまった」
想像してニヤついた表情を元に戻すカーニバル。
その想像通りに楽しむためには、しなければならないことがある。イベント出場のためのチームメンバー決めだ。
やはり元からここにいたDIVAの中から選んだ方が効率が良さそうに思う。そうでなくとも、ルリグ側には自分のことを知るピルルクがいる。恐らく他のルリグにも警戒されているだろう。声を掛けるにあたっては、自分の人物像を知られていない方が都合がいい。
最近活躍しているDIVAの情報は簡単に手に入った。ある程度はWIXOSSLANDの運営が開示していたし、DIVAを応援している観客のことをセレクターと呼ぶらしいが、そこから話を聞くこともできる。
今回の報酬の対戦相手に据えられている最強チームの『DXM』、さすがにここのメンバーと組むのは無理だと踏んだ。
それ以外にも強いチームはあるらしいが、特に注目のチーム――破竹の勢いと強い想いを持つ『No Limit』、新しいチームながら考えられた戦法で勝利を掴む『DIAGRAM』、WIXOSSを深く理解し他チームからも一目置かれている『うちゅうのはじまり』。
そして夢に向かって突き進む『Card Jockey』――。
かつてはランクBまで上がったこともあるらしい実力派。そのリーダーであるMC.LION――彼女は夢を叶えるという信念のもと、強くなりたいという野心もあり、チームの活動も真剣に行っている真面目なDIVAのようだ。純粋に戦力として申し分ない。
勝つためには努力を惜しまないLIONと組めば、イベントでも十分に戦えるだろう。
まずは会いに行ってみるか――カーニバルはネオン輝くWIXOSSLANDに繰り出した。
「はぁ~今日も疲れたにゃー。あとは帰ってデッキの見直しを、っと……」
「こんばんは、MC.LION」
カーニバルが話しかけると、LIONはその姿を一瞥して怪訝な顔をする。
「ファンの人……じゃなさそうだにゃ。最近DIVA登録した人?」
一瞬、誤魔化すべきか真実を言うべきか、カーニバルは迷った。
ただチームに誘われたからと言って、今のメンバーではなく得体の知れない人物と理由もなくイベントに出ようとはならないだろう。それであれば、相手が興味を持つようなネタが必要だ。
――それにしても、『DIVA』というのは登録するものだとは知らなかった。
「俺……いや、私の名前はカーニバル。実は……」
カーニバルは自分の境遇を説明するという選択をした。
「気が付いたらここに……? そんなこと、あるものなのかにゃ……」
「でもそれまでここにいなかったことは事実だ。WIXOSSLANDという場所など、聞いたこともなかったんだからね」
「うーん……」
「正直、自分でもどういう存在なのかよくわからない。ただ、ここはWIXOSSをする場所なんだろう? なら、WIXOSSをすることでそれを解明できるかもしれない」
「逆に、君にとっては、WIXOSSしかできないとも言えるかもしれないにゃ……」
「ああ、そういうことだ」
とりあえず君の状況は分かったけど、とLIONは腕を組みながら考えている。
「それで、にゃーには何の用なんだにゃ?」
相手から話を振られたカーニバルは、スムーズな成り行きに満足そうだ。
「今後のプレミアムイベント――あれに私と一緒に出てくれないか?」
「にゃっ、にゃーが!?」
「ああ。君の評判を聞いたんだよ。君とイベントに出られたら、たくさん熱いバトルをして……自分や元の世界とこの世界の関係について、解明できるのではないかと思ったんだ!」
自分の“らしくない”仰々しい演技に吹き出しそうになるのを抑えながら、カーニバルはLIONの心情に訴えかける。しかしイベントに出てバトルがしたいのは真実なのだ。つまり、嘘をついているわけではない。少し――まるで熱くていい人のような雰囲気を出しているだけ。
「そ、そう言われてもにゃ……。イベントには出るつもりだったけど、メンバーについてはそんな簡単には決められないにゃ」
「この場で決めてくれとは言わないさ。だけど、私もそれなりに強かったし、多少ルールが違ったとしても君に損はさせないつもりだ。前向きに考えてほしい」
そう言われながら、LIONはカーニバルから逃げ道を封じられたような圧を感じていた。
ひと目見た時に、自分達とは違う存在のような違和感があったのは確かだ。だから何者なのかが気になった。話は本当なのかもしれないし、なのであればイベントに出てバトルしたいというのも本当なのであろう。しかし、チームを組むことに『NO』を言ったら、何をされるか分からない……そんな圧。
「ちなみに、バトルは3人組だけど……あとひとりは目途が立ってるにゃ?」
「ああ、それなら……このあと話に行く予定だよ」
「じゃあ、にゃーも一緒に行くにゃ」
「……了解♪」
ふたりは、カーニバルがメンバーとして考えていたもうひとり――『うちゅうのはじまり』のノヴァの元に共に向かうことになった。
WIXOSSLANDのネオンの明かりは、カーニバルにとってあまり心地のいいものではなかった。明るい場所よりも暗い場所、笑顔よりも泣き顔、希望よりも絶望、秩序よりも混沌――ここは自分の求めるものの真逆にあるような気さえしてくる。
――ああ、早く大勢の悲しみや怒りで崩れる顔が見たい……。
「どうしてノヴァなんだにゃ?」
「……え、ああ。それは……」
ノヴァは、『うちゅうのはじまり』のチームメンバーで、天才と呼ばれるタマゴ博士と行動を共にしている。タマゴ博士の分析力はもちろん、WIXOSSやWIXOSSLANDの情報が集まってくる場所という点でも、近くにいれば自分にとって有益だと考えられた。本人はもちろん、AIであるバンの目をごまかすのは難易度が高そう……となれば、ノヴァがチームメンバーとして最適なのだ。
「一緒に戦ったら楽しそうだし……それに、なんとなく私とタイプが似ていないか?」
「そ、そうか……にゃ……?」
――この人も冗談を言うタイプなのか、とLIONが反応に困っていると、ちょうど良くノヴァの元に着き、事なきを得た。
「次のイベント……?」
ノヴァはつい先日まで、きゅるきゅる~ん☆の更生を手伝っていたのだと、やや疲れている様子だった。
「きゅるきゅる~ん☆の……。それは……大変そうだにゃ」
LIONの「心中お察しするにゃ」という言葉から考えるに、そのきゅるきゅる~ん☆というチームはよっぽどの問題児らしい。
そんな時に得体の知れないカーニバルの出現と、彼女からの次のイベントのお誘いで、ノヴァの脳と精神は『もう何でも来い』というスタンスになっていた。
「博士はどうするか分からないと言っていたし……物語がそこに収束する定めならば、我が身をその因果律に捧げるのもやぶさかではない……」
「つまり……」
「きっと『別にいいよ』ってことだと思うにゃ……」
つい先刻「自分と似ている」と発言してしまったことを後悔したカーニバルは、LIONの翻訳によってノヴァ語を理解。改めて、やるからにはもちろん優勝を目指すのだ、と心積もりを示してみせた。
「本来のチームでは得られないような経験をさせると約束しよう。憧れであり最大の壁でもあるDXMともバトルできるように」
「そこまで言うなら、分かったにゃ。ただ、最後にLOVITとWOLFにも話をさせてほしいにゃ」
「もちろん。『Card Jockey』と『うちゅうのはじまり』のメンバーにも承諾を得ようじゃないか」
――我ながら、理解のある人物らしく振舞うのも板についてきたな。
相手をコントロールするために演技をするというのは、今後も使える手かもしれないとカーニバルはおもしろくなっていた。
「えっ、イベントにバラバラで出場する? にゃーちゃんはその人と組むの……?」
「動き、驚き、凍り付き……」
LOVITとWOLFは最初こそ動揺したが、確かに自由にチームを組めるイベントなら、違うDIVAとのバトルを経験してみるのも実力向上に繋がるという見解で一致。以前もグズ子やレイラといったよくわからないメンバーで動いていたこともあったし……デッキについても、固定概念を捨てて客観的に見直すことができるかもしれない――そう前向きに考えてくれた。
タマゴ博士は、新しいルリグが現れたことやWIXOSSLANDの環境の変化について、広く把握するためにカーニバルと行動を共にするのはアリだと言う。
「ボクもバトルをしながら別のベクトルで情報を集めることができるしね」
むしろ、その方がいい、という程であった。
「新しい情報をインプットできますね!
バンも張り切っている様子だ。
こうして、2チームの全員が、今回はLIONとノヴァがカーニバルとチームを組むことに承諾。
そのまま解散し、ひとりきりとなったカーニバル。
望むままに事が進み、身体の中から熱が生まれるのを感じる――。
退屈な時間は終わりだ。
ここでも、身が滾るようなバトルを繰り広げることができる――自分で場を整え、自分の望む方法で。
「あははははは――」
カーニバルの高笑いが、WIXOSSLANDの暗闇に響く。
「さぁ、楽しもうじゃないか――血肉が躍る、宴を……!」
一方――。
「何ですって!? カーニバルがDIVAとチームを……!?」
ピルルク、タマ、ユヅキ、花代、緑子は、集まって相談をしていた。
先日、ヒラナ達とは話ができてはいたが、チームを組むというところまでには至っていない。まさか、先を越されるとは……。
カーニバルのWIXOSSバトルについての執着や性格は、ここにいる全員が実際に体感していた。好き勝手に動かれたら、自分達にとって障害になるだろう。『マスターピース』を手に入れて、何をするのかも分からない。
「とにかく、一旦ヒラナ達のところへ行ってみよう!」
ユヅキが先陣を切って走り出す。
「あっ、あれ……!」
少し行ったところで、ヒラナを含めてDIVA達が集まって話しているのを見つけた。
「まだ話したことがないDIVAもいるな……」
花代が少しためらうも、ピルルクが臆せず話しかける。
「あ、ピルルクちゃん!」
ヒラナによれば、ちょうどLIONとノヴァがカーニバルとチームを組んだことを聞いているところだったらしい。
「あなた達は、別の場所から来たとか……一体どういうことなんですの?」
LOVITから又聞きした情報について、ムジカがピルルク達に問う。
カーニバルがその話をしているのなら、こちらが隠しておくメリットはない。
「信じられないかもしれないけど、全てを話すわ」
ピルルクは、何故かこの世界に来てしまったこと、戻るために『マスターピース』というものの情報を得たいことなどを、包み隠さずその場にいる全員に伝えた。
「タマや……わ、私も……みんな、元の世界に大切な人がいるんだ。だから、どうしても帰りたい……!」
ユヅキの必死な訴えは、まるで嘘をついているようには見えない。非現実的な話だが、もし本当に、何かわからないままこの世界に放り出されてしまったのだとしたら……そんな酷いことはない。
「どうか、協力してもらえないかしら……!」
こんな一方的な願い、聞いてもらえないかもしれない……ピルルクは恐る恐るヒラナ達の顔を見た。
「もちろんだよっ……!」
「え、本当にいいの……?」
「もともとイベントには出るつもりだったけど、みんなのためにもますますやる気が出てきた!」
「『マスターピース』というものが何なのかは、わたくし達にも分かりませんが……協力は惜しみません」
「ヒラナさん、ムジカさん……」
ピルルクは、話して良かったと胸を撫でおろす。
「みんなで協力して、絶対元の世界に帰る方法を見つけよう!」
ヒラナの言葉に、その場にいた全員――アキノやレイ、ムジカ、LOVIT、WOLFも頷き、イベントを共に戦うことを決めた。
「やったぁ! 待っててね、るう!」
DIVAとルリグ達の混合チーム結成により、不安ばかりだった状況に光が差す。
夢限に広がる選択肢、元のチームに捕らわれない構成――。
自由でアツいWIXOSSバトルが、今、始まる――!