【第1話】
輝きし見知らぬ世界に訪れて
「えーっ!! DXMへの挑戦権!?」
WIXOSSLANDのカフェテリアに、ヒラナの声が響き渡った。
「ひ、ヒラナちゃん、声が大きいよ……! 周りの視線が……」
「あっ……ごめんごめん!」
アキノに注意されて椅子に座り直したヒラナだったが、その興奮は冷めやらない。今度開催されるプレミアムイベントの告知――つい先日広報され、そこには、優勝したチームにはDXMとバトルする権利が与えられるという内容が記されていた。彼女達に憧れ、彼女達に追いつこう追い越そうとするDIVAにとって、それは思ってもみなかった大きな報酬なのだ。
さっき頼んだオレンジジュースが入ったプラスチックのカップを持つ手に、思わず力がこもってしまう。
「これってすっごいチャンスだよね!?」
「……確かに、なかなか戦うことができない相手だし……リベンジしたい気持ちはあるわね」
普通にランク戦をやっていたら、次にいつ対戦をできるかわからない相手。ここでまた挑戦できるなら、とレイもまんざらでもない様子だ。かつてDXMと対峙し、手が届かなかったNo Limitの3人にとっては、このイベントは想いを果たすためのまたとない機会ということ。
しかし、今回は特別なイベントであり、ランク戦とは異なる。となると、もちろんチームメンバーも基本的に自由。どのDIVAと組んで参加するかは、本人達の判断に委ねられている。
「DXMにリベンジするなら、やっぱりこの3人で出場しないと意味ないよね……」
「もちろん、私だってヒラナちゃんとレイちゃんと一緒がいいよ!」
ヒラナとしては、『No Limit』で参加したいという想いがあった。それはアキノとレイも同じ――。
「あら、あなた達はいつもの3人でイベントに参加するんですの?」
「……ムッちゃん!」
ヒラナが振り返ると、DIAGRAMの3人の姿があった。
「それを今、悩んでて……」
レイが説明しようとすると、ムジカが「わたくしは」と続けた。
「常に同じメンバーで活動するのも一つの手ですが……経験のために色んなDIVAと組むのもありだと思いますけど?」
「アキノちゃんとレイちゃん以外のDIVAと……?」
「ええ。個々にさらに力を付けていって、元のチームでのランク戦でそれをしっかりと発揮する。自分達のランクを相応まで上げて行けば、イベントでなくても正々堂々とDXMに挑むことができるはずですもの」
もっともなムジカの意見に、ヒラナ達は顔を見合わせる。しかし慣れないメンバーでのバトルが、そんな簡単なものだとも思えない。ヒラナとアキノとレイ……3人はこの3人だったからこそ、ここまで一緒に頑張って来られたのである。
「確かに……筋は通っているわね。本来はそういうものだし。でも、普段と違うメンバーで戦えるかどうか、不安だって……」
レイの言葉に、「大丈夫」とマドカが答えた。
「レイはもともと強いけど、今のチームになってからだって、さらに強くなってる。どんな状況だって、ちゃんと戦えるよ」
「もちろん他の二人も」
「マドカ、サンガ……」
「だけどまだ、他のDIVAから学べることとか、色んなバトルをするからこそ得られる経験とか、たくさんあると思うの。そういうものの一つ一つが、さらに自分の力となって身に着いていくんだよ!」
「そういうことですわ。ですから、わたくし達は今回別々でチームを組むことにしましたの。
あなた達がどうするかは、あなた達次第ですけれどね」
No Limitとしての活動をもう一歩進めるためにも、イベントに別のメンバーで出場するというのは、いいきっかけになるのかもしれない。
DIAGRAMからの助言に、3人は今回やるべきことの道筋が見えて来た気がした。
「そうだね……あたし達ももう少し考えてみるよ!」
まだ見つけられていない何かを、見つけることができる可能性だってある。そうしてさらに成長できるかもしれないのだ。
「よーし! ますますやる気が出てきたぁっ!」
手元のオレンジジュースを飲みほして、闘志を燃やすヒラナ。ムジカはそんな前向きな様子に微笑みながらも、慎重そうに話を切り替えた。
「あと……」
「あと?」
「最近増えている見慣れないDIVA……彼女達のことを知るきっかけになるかも知れないと思っていますの。一緒にチームを組むことも、不可能ではないでしょうし」
ムジカは辺りにいる新しいDIVAにチラリと目をやった。
『最近増えたDIVA』……自分達とは違う、少し独特な雰囲気を持つ彼女達について、ヒラナも気にはなっていた。
「うーん。実はさっきすれ違った時に挨拶してみたんだけど……何か気まずい空気というか……困らせちゃったみたいなんだよね」
あの時は一瞬怖がられたのか、警戒されているのか、と心配になった。しかし思い出してみると、どういう態度を取るべきなのか、計りかねている様子だったような気もする。
「ヒラナが元気すぎて、引かれたとかじゃなくて……?」
「ちょっと、レイちゃん!」
「あはは、ヒラナちゃんならあり得るかも」
「もう、アキノちゃんまで!」
「どちらにしても、」と続けるムジカの、このイベントがいいきっかけになるかもしれないという意見に頷きながら、チームメンバーについて考えるヒラナ達だった。
――特に聞き耳を立てずとも、賑やかに話す内容が自然と聞こえてきてしまった『最近増えたDIVA』達――ピルルク、ユヅキ、緑子、花代、そしてタマの5人は、まだ慣れないこの世界でこれからどうするかを話していた。
「きっとあれって私達のことだよ ね」
花代が胸の前で腕を組みながら、不安そうに言う。
「だろう ねぇ」
ユヅキもため息をつきながら同意した。
「さっきあの子に話しかけられた時、僕達びっくりして挙動不審になっちゃったもんね……」
緑子はとっさに出てしまった態度を振り返って少し後悔している様子だ。
「タマ達、嫌われちゃったの……?」
「そんなことはないと思うけど、もう少し自然に接するべきだったことは確かね……」
不安そうにするタマをフォローしながらも、ピルルク自身に焦りがないわけではない。
一連の出来事の全てが終わり、平和に過ごしていたある日――。突然真っ白な光に包まれたかと思うと、気が付いた時にはこの『WIXOSSLAND』にいた。
街を装飾するネオンが輝き、人々の楽しそうな声が溢れる、繁華街のようなテーマパークのような場所。現実なのか夢の中なのかさえも不確かな感覚だった。
焦って周りを見回してみれば、顔見知りだった他のルリグ達がいたことには少しほっとした。しかしそれでも何故、どうして、何が起こってここに来てしまったのかは検討もつかない。
現時点で分かっていることと言えば、ここでもWIXOSSが行われていて、あの元気そうな少女達が『DIVA』としてそのバトルを行っているということだけだ。
そしてそのWIXOSSは、自分達が知っているルールとは異なっている……。もともと自分達がいた世界とは、別の世界ということなのだろうか?
寝て起きたら、元いた所に戻っていれば……そう期待してはみたが、叶わなかった。
「この世界のこと、この世界のWIXOSSのことを知るためにも……あのDIVAと呼ばれる子達とコミュニケーションを取ってみたほうがいいと思うのだけど……。そこから元いた場所に戻る方法を考えてみましょう」
ピルルクの提案に、ユヅキ達は反対する理由もなく、とりあえず行動してみるしかないと頷く。
彼女達のことは、なんとなく自分達と似た存在なのかもしれないと思いながらも、どこかアイドルのような……人に元気を与えてくれるような……そんな輝きを持っているのだと感じる。この摩訶不思議な出来事さえ、解決の糸口を見つけ出してくれそうな、そんな希望の輝き――。
「この世界のことはあの子達に聞くのが一番だろうしね。それに、敵ってわけでもなさそうだ」
「彼女達から情報を集めながら、僕達以外でこの世界に来ているルリグと合流できたら心強いよね」
「ええ、そうね。じゃあまずは情報収集を……それでいいかしら、タマ?」
「うん……早く『るう』のところに帰れるように、タマ、がんばる……」
この世界に来てからというもの、明らかに一番気を落としているタマを連れて、ピルルク達は動き出すのだった。
まずは、あのさっき挨拶をしてくれた、『ヒラナ』と呼ばれる子に話しかけてみようか――。
一方、他にもこの世界に飛ばされてきたルリグ――ウリスは、弄ぶ相手もおらず……もとい特にすることもなく、退屈していた。
ここがどこかということには、あまり関心がなかった。ただ、面白いことがあれば、自分のいる世界がどこかだなんてどうでも良かったのだが、それもないのだ。
他のルリグもここに来ていることは知っていた。しかしみんなどこか浮足立って焦っている割に慎重で、自分が何のネタもないままでかき乱そうとしても、空振りに終わるような気がしていた。
そんな時、もともとのここの住人であるらしいDIVAという人物達がWIXOSSで対戦をするイベントの告知を見つけた。
「ふーん……WIXOSSの大会、ねぇ。このイベントはそこそこ盛り上がるってことなのかしら?」
DIVA達はこの煌びやかな世界で、楽しそうに、そして全力を注いでWIXOSSで戦っている。キラキラと明るい顔をした真っ直ぐで美しい者達が、勝負に負けて悲しみ、醜い表情に変わる――希望を絶たれ、夢見ることを止める。WIXOSSLANDがそんなDIVAで溢れていくのを見られるとしたら、それはここでただ過ごすよりも楽しいことのように思える。
そう想像してみると、ウリスの身体の奥が疼く。
「フフフ。暇潰しにはちょうどいいじゃない……」
怪しく微笑み、自分がDIVA達をバトルで負かしてやればいいのだと企んだその時――。
「それって、とっても面白そうですわね!」
背後から近付いて来ていた影から、テンションの高い声が放たれた。
「何……?」
「あら、思わず声が出てしまいましたわ。失礼致しました!」
「……」
「私はナナシと申します、ウリスさん。お話は聞かせていただきました。是非、その暇潰しに私も参加させて下さいませんか?」
求めてもいない申し出を、興が醒めたとばかりの不機嫌な表情で迎えるウリス。
「参加? ……他人と一緒に動くつもりなんかないんだけど」
明らかに嫌がられても、ナナシは動じずにあえてあっけらかんとしている。
「でもでもウリスさん、この世界のWIXOSSは3人チームになって、自分が直接戦うんですのよ?」
「3人チーム……」
ここでのバトルは自分達が以前に行っていたものとはスタイルが違う……つまり3人1組でないとイベントには参加にできないということらしい。誰かと組まなければいけないというのはウリスの想定外だったが、せっかく面白そうな暇潰しが思いついたのに、みすみす逃したくはない。
「私と組むって、あんたは何が目的なの?」
「目的ですか? そうですわね……」
うーん、と少し考えたナナシは、少し間を置いて、「秩序が保たれている世界なんて、つまらなくないですか?」 と笑顔で答える。どうやらナナシも“こちら側”のタイプらしい。
互いに協力関係になりたいというわけではなく、それぞれで楽しむというスタンスでいいと言うので、それならば、とウリスはチームを組むことに同意した。
「でもあとひとり必要なんでしょ? あんた、心当たりはあるの?」
「うーん、そうですわね……」
ウリスはもちろん、ナナシも普段から他のルリグと連れ立って行動するタイプではなく、すぐにチームに引き入れることができる人物にアテはなかった。
そんなふたりの前に、待ってましたとばかりにそそくさと現れた人物――リメンバ。
「あの……私をメンバーにすると吉、と占いで出ているんですが……」
リメンバがこの世界で目覚めた時、近くにピルルクがいたことには気が付いていた。しかしさすがにピルルク達に仲間に入れて欲しいと頼むわけにはいかない。とは言っても、ひとりで行動するには心細すぎる見知らぬ世界。強者の近くにいた方が安心だという目論見で、ウリス達に声を掛けるタイミングを見計らっていたのであった。
どちらにしても3人集めなくてはならないのなら、ウリスにとってはメンバーなど誰でも構わない。
「邪魔さえしなければ、別にいいわよ」
――こうしてウリス、ナナシ、リメンバという、それぞれの思惑を含んだチームが動き出した。
「はぁ。イベント出場って、色々と準備が面倒なのね…… 」
リメンバにデッキ構築をさせながら、ウリスはため息をついた。自分と組んだセレクターではなく、自分達で使うカードを選ばなくてはならない。色々なルールやセオリーがあり、勝つためにはしっかり構成を考えなければいけないらしい。しかも前には知らなかったカードもたくさんあるのだ。
さらに、他にもエントリーの手続きやチーム名の決定など、まだやらなければならないことが色々とある。ふたりに割り振って進めようと思っていたのに、ナナシの姿が見当たらなかった。
「あいつ、どこ行ったか知らない?」
チームを組んでここ数日、突然現れたりいなくなったり、ナナシは行動が自由すぎて全く読めない。リメンバはカードを選ぶ手を止め、「今日はまだ見ていないですけど……」と記憶を辿った。全く、どこで何をしているのか……。
「あ、そう言えば、昨日『NONAME』というチーム名でイベントのエントリーをしようとしてましたよ。……結局やめたみたいですけど」
「……はぁ?」
エントリーを進めようとしていたのはいいとして、NO(無し)・NAME(名)……まさか自分をモチーフとしたチーム名で勝手に登録しようとしていたとは……意外な事実に驚きつつ、呆れるウリス。
「それで、どうしてやめたのよ?」
そう理由を聞いてみると、どうも今人気の『No Limit』というDIVAチームの、初期のチーム名と被っていたのだとか。受付担当に本当にその名前でエントリーをしていいのか聞かれ……誰かの二番煎じは嫌だと申請を取りやめたらしい。
「あいつ……案外、自己愛が高いタイプなのかしらね……」
「もしくはギャグが好きとかでしょうか?」
「……自分の名前を使ったギャグとか……もはや自虐じゃない」
「でも結局、その後は『ざんねーん』って言いながらどこかへ行ってしまいましたよ」
やはり行動が、あとその意図も全く読めないナナシ。だからと言ってまた姿を現すまで何もせず待っていたらイベントエントリーに間に合わなくなってしまうかもしれない。ならば、もうチーム名もリメンバに考えさせるしかない。
「ええっ、私がチーム名を……!?」
「……別に適当に決めていいわよ、チーム名なんか」
「だ、だめですよっ! 名前というのはその運命を左右する大切な要素なんですから……!」
「はぁ……。まぁ、私はそういうの興味ない し、とにかく任せたから。決めたらエントリーしておいてね」
ウリスに仲間から外されてしまっては困るリメンバは、言うことを聞くしかない……。そしてそうなったのなら、占いをして決めないと不安で仕方がない。水晶を取り出し、考え込み始めた。
――リメンバにチーム名を考えさせ始めて数時間経った。他のこともせずに、自分の世界に没頭している。まだ先に頼んでいたデッキ構築も終わっていないし、そろそろ作業を進めてほしいのだが……。
「ちょっと、いつまで考えているのよ? いい加減に……」
「……はっ! 待って下さい、やっぱりここはこのチームに相性がいい32文字の名前にした方がいいかなって占っているところで……!」
「さ、32文字!?」
「それに、ラッキーカラーはピンク……でもそれは名前には……あ、なるほど……こういう名前の場合はエントリーする時はあっちの方角に一礼してからの方が運勢が向いてくるみたいですね……」
「チッ。何の話をしてるのよ…… 」
「ご、ごめんなさいっ! じゃあ最後にここの文字の並びを入れ替えて、ぱっと見は単純な単語なのに意味としては深いような……あああ、やっぱりもう少し待って下さい……!」
チーム名を考えているのか暗号を考えているのか……ウリスには理解不能である。チーム名なんて、何でもいいのに――。
まだひとり占いをしているリメンバを横目に、彼女が散らかしたままのカードを眺めるウリス。結局イベントの準備は何一つ終わっていない……。
「あ、ウリスさ~ん♪」
ナナシの声だ。ここでナナシが帰って来てくれるとは!
――これで準備が進められる!
と思ったのは束の間。ウリスの淡い期待は一瞬で裏切られた。
「このWIXOSSLANDって、オシャレなカフェとかもあるらしいですよ、知ってましたー?」
どうしてそんなに能天気でいられるのか?
「……ナナシ……」
「あら、怖い顔してどうしたんですの? ……あ、顔はいつも怖かったかもですね! なんちゃって~♪」
ウリスの気苦労など知る由もないというナナシの態度に、どっと疲れを覚える。
「あ、もしかしてチーム名の話、聞きましたぁ? まさか既に使ってた人達がいるなんて、ひどいですよね?」
「ええ……そうね……」
「もしかして私をいじめるために……? やだぁ♪」
なぜ顔を赤らめているのかは全く分からないが、この人物達は正面から相手をしたらダメだ。巻き込まれずに自分のペースを保たなくては。――ウリスはそう確信した。
「それで、改めて今リメンバにチーム名を考えてもらっているのだけど……」
「あっ、そうなんですかぁ!」
何でそんなに機嫌がいいのか分からないが、楽しそうにリメンバの所に駆け寄るナナシ。
「わぁ、占いで名前を決めてるんですの? おもしろ~い!」
「あ、ナナシさん……。今この2つで悩んでるんですけど……」
しかしふたりで話し合ってうまいこと決めてくれたらそれでいいのだ。何とかなるかもしれない……わけはなかった。
「うーん、少し地味じゃないですか?」
――32文字もあるのに?
「もっとこう……私達が混沌を巻き起こすわけですし、ドカンっていう感じの!」
「ドカンですか……でもこの占いによると、単語的にはこれを使いたくて……」
「あら、そうなんですの? じゃあこれとこれを繋げたらどうかしら?」
「なるほど……! そうすると40文字ですが……でも、字画的にもいいかもしれません……!」
もう32文字でも40文字でも同じようなものだ、もはやどちらでもいい――思わず天を仰ぎ、大きなため息をこぼすウリスだった。
「はぁ……メンバー選出を間違ったかもしれないわね……」